第2話 見知らぬ場所と女の子

 中へ入ると、大きなナマズが、ぬっと視界に割り込んできた。

「うわぁ!」

 思わず叫び声を上げて、扉に張りつく。

 ナマズ頭にスーツを着たそれは、じろりとわたしをにらむと、どいてくれ、と低い声で言った。

「ご、ごめんなさい……」

 じりじりと扉から離れ……そして、駄菓子屋だと思って入った店の内装に、わたしの目は釘づけになった。

 壁には、大きな風景写真や絵画が飾られていて、天井まで伸びた書棚がたくさんある。そして、不規則に置かれたソファやイスには、人間ではない見た目のなにかが、大勢座っていて……。

 頭からウサギの耳が生えたワンピース姿の女の人。本を読んでいる、ヘビの頭に帽子を深くかぶった人。服だけ浮いてる人(体がすけてるの?)などなど……。

 いや、そもそも人なのかな?……なんて思っていたら、ガチャリと、さっきわたしが入ってきた背後の扉から、学生服を着た二足歩行のヤモリが出てきた。

 また声が出そうになって、急いで口を覆う。

 扉は閉まったかと思えば、また開いて、おかしな人が入って来るのをくり返す。

 みんな平気な顔で(顔がない人もいるけど)ソファに座り、書棚から本を抜き取り……。

 見たことのない不思議な光景に、目がぐるぐると回って混乱しちゃう。

 ここ、どこなの……?

 そのとき、広間の奥にある木製の扉から、小さな女の子がひょっこりと姿を現した。

「あら!いらっしゃいませ、お客さま!」

 わたしを見た瞬間、顔をぱぁっと明るくして、とてとてと駆け寄ってくる。

 床を擦るほど長い紫色のローブ、中は黒のワンピース姿。外側にはねた肩までの桃色の髪と、その上にちょこんと乗った大きな黒いリボンが、歩くたびに揺れている。

「お店の受付を、ちょうど終えようとしていたんですよ。あっ、あなたは三十二番目のお客さまですか」

 女の子の視線の先は、扉の横に貼られた紙を見ていた。

「それで、お客さま、ここに来たのははじめてですよね?見たことのないお顔です」

 そう言って、赤紅色の丸い瞳は、きらきらとわたしを見つめる。

「う、うん、そうなの。駄菓子屋に来たと思ったんだけど……」

「そっ、それはそれは申し訳ありませんでした!」

 女の子が慌てて頭を下げたから、わたしは大丈夫だよ、と顔の前で両手を大きく振った。

「別に、それはいいんだけど……」

 わたしは、いまだにこの状況を飲み込めてない。

 きょろきょろと視線をさまよわせていると、その子はわたしを安心させるように、にこりと笑って。

「ここは、相談所なのですよ。詳しい説明はあちらの扉の先で、店主が話してくれます」

 ぴんと手のひらを向けたのは、さっきこの子が出てきた扉。

「え、でもわたし、お金持ってないよ?」

「大丈夫です、お金はいりません」

 女の子は口に手を当て、ふふっと上品に笑った。

「お名前をおうかがいしても、よろしいですか?」

「あ、えと……アイって言います」

「アイさまですね。今日はお客さまのご来店が多く、少々待っていただくことになりますが……それでも十五分、二十分ほどだと思います」

 わたしはギクシャクとうなずいた。

「それではアイさま、空いている席に座って、くつろいでいてください。書棚から勝手に本を取ってくださってもかまいませんから」

「わかった……」

 わたしは左隅の茶色い革のイスを見つけると、ゆっくり腰かける。

 その様子を見ていた女の子はぺこりと頭を下げて、また頭のリボンを揺らしながら、相談室と言っていた扉の先へ戻っていった。

 わたしと同じくらいの背丈だから、そんなに年は離れてないと思うけど、それにしても、落ち着いた子だったな……。

 改めて周りを見渡す。

 お客でぎゅうぎゅうの広間の、でも見るからに人ではない見た目のものたちを。

 ほんとはこんなにあやしいとこ、来ちゃダメなんだろうけど、完全に好奇心に負けた。

 だれもおそいかかっては来ないんだから、ちょっとくらい、いいよね?

 広間には、だれかの本のページをめくる音がするだけ。

 その静かすぎる空気とかたい雰囲気に、思わず息を止めてしまう。

 なんだかそわそわして、緊張してきた。

 わたしも本でも読もうかな、とおしりを上げかけたとき、扉をガチャっと開けて、相談室から二羽のカラスが出てきた。

「よかったよかった、思い出せた」

「よかったよかった、ねぇ」

 カ、カラスがしゃべってる……。

「次にお待ちのミミミさま、どうぞ」

 さっきの女の子が扉から顔だけを出して、明るく呼びかけた。すると、シャツの背中からセミの羽が生えている人が、すっくと立ち上がり、そそくさと扉の中へ入って行った。

 普通の人がいない……。

    *

 だれかが出てきて、呼ばれて入って、何人目かな。お客がどんどん少なくなっていく。

 全く興味ない冒険小説を静かに読んでいたら、アイさま、と呼ばれた。

 見ると、相談室からあの女の子が、顔を覗かせていて。

「アイさま。こちらの相談室へどうぞ」

 壁にかかった時計を見ると、ほんとに十五分ピッタリ!

 わたしはぎこちなく本を書棚に戻すと、みしみしとうるさい木の床を、小走りで進む。

 女の子に招かれ、わたしはこの『相談室』と札のかかった扉の先へ、高鳴る鼓動と共に踏み込んだ。

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