第9話 昔話

 三月生まれの健臣は体が小さくて、いつも俺の後ろについていた。幼児期の一年は大きい。四月生まれとではかなりの体格差がある。


 今でこそ俺より背がでかいが、当時の健臣は背も小さく、細くて、四月生まれと比べると二年ぐらい年下に見えた。


 そのため『赤ちゃん』といじられることが多かった。いや、いじめに近かったかもしれない。


 地域の小学校に上がったから、クラスの半分が幼稚園の知り合い。あっという間に、クラスメートの間で体の小さな健臣いじりが始まった。俺はいつも健臣と一緒にいて、あいつらに加担することはなかった。


 それは、もちろん、健臣が家臣だった家の子だったからじゃない。当時から健臣と一緒にいるのが楽しかったからだ。


 俺は何も言われた事がないが、俺から離れない健臣を「正史の犬」と言って馬鹿にしていたらしい。


「お前、大変だったんだな…」

「まぁ、でも、学校行けてたのはマサのおかげでさ。」

「いやでも、それが恩ってのも重すぎねぇ?」

「ごめん、ここからが…本題…」


 健臣は申し訳なさそうに上目遣いで一度俺を見てから、俯いた。


 四年生になると、言葉の暴力をほぼ毎日のように浴びせられた時期があったらしい。そして「いーぬ、いーぬ」と大合唱された時のこと。


「オレは、いいんだよ、正史の犬で!だからなんだよ!正史はすげーんだぞ!お殿様だからな!オレは一番の家来なんだ!」


 逆ギレしたらしい。


 正直なところ、オレは無口だが、勉強はできる方で、『武士道』を読み聞かせされるような家の教えで素行がよく、先生の覚えもめでたかった。そのせいか、それ以降、健臣がいじられることは無くなったという。


「なるほど…」

「マサが覚えてっかわかんねぇけど、『マサが殿様だ』ってオレが言いふらすまで、マサは一度だって、自分が殿様だなんて言ったことなかったんだよ。」


 俺は正直驚いた。そのころの記憶、朧げすぎて覚えてない。ただ、親からは『元々お殿様の家柄だって外で言わないんだよ』とか『みんな同じなんだから、自慢しないんだよ』と言われていた記憶はある。


 なのに、いつからか俺は外で自分の血筋を語るようになっていた。なぜそうなったか、今まで意識したことはなかった。


 どんなに考えても、どのタイミングで家系の話のネタにするようになったか、思い出せない。


「オレが言いふらした時さ、お前、怒ったんだよ。なんで言ったんだって。」

「俺がお前、怒ったの?」

「そう。でも、オレが奴らにいじめられているの知ってたからだと思うけど、それ以上は責めなかった…」

「へぇ…」


 俺はまるで他人の話を聞いているかのようだった。だが、ありそうな話ではある。


 いじめられていた健臣が気になっていた時期ではあった。だからきっと、それ以上言わなかったんだろう。


「オレも,もう誰にも言わないって約束したけど,時すでに遅しで…学校ではすっかり広まっちゃって…」


 広まったことに面食らった俺は一度、殿様の家柄ではないと嘘をつき、否定したらしい。


 すると,それ以降、みんなは健臣を嘘つき呼ばわりし始めた。


 しかし俺との約束があったから,嘘つきでもいいと放っておいたらしい。


 そしたら今度は『嘘つきは泥棒の始まり』と言われ,「泥棒」と、さらにいじりがキツくなったのだそうだ。そして、見かねた俺が…


「健臣は嘘つきじゃねぇ、俺は譜代大名の血筋だ!コイツは俺の一番の家臣の家柄で武士だ!」


 と大声でカミングアウトした。きっかけはよく覚えていなかったが、このシーンだけははっきり記憶にある。自分自身にとっても衝撃の発言だったのだろう。


 それが功を奏し、それ以降、奴らはおとなしくなったのだそうだ。


「あん時のマサ、オレには、めっちゃかっこよく見えてさ。一生仕えるって決めたんだ。」

「大袈裟だな…」


 俺は口元を歪めた。その後の自分の素行を考えると素直に喜べない。みんなにチヤホヤされて自尊心が増大し、ネタにしまくり注目を集めようとする行動。自慢しまくる黒歴史。さらには、知らなかったとはいえ、結果的には、全く自分の血筋と関係ないところで自慢していた。痛すぎて苦笑いも起きない。


「まぁ、でも、とにかくそれをきっかけに、すっかり学校中に知れ渡って、マサがどんどん自慢する人間に変わって行っちゃう姿見て、オレめっちゃヤバいことしたって猛省してた…罪の重さに潰されそうで…」

「そう言われると、さらに痛いわ…」

「ワリィ、ワリィ…とにかく、お前のアイデンティティいじりまくっておかしくしちゃったからさ…今回が絶好の機会って思ったわけ。」


 しかし、何か腑に落ちない。俺はしばらく考えて気づいた。


「タケさぁ、その感覚って…『恩返し』じゃなくて『罪滅ぼし』じゃね?」


 俺らはしばらく腹を抱えて笑った。

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