第8話 恩返し
俺は、健臣がサプライズを開始する前に静止した。『恩返し』だったはずがいつしか『サプライズ』と表現が変わったことがどうしても引っかかる。
しかしそれは、健臣にとってさして大きな問題ではなかったのか、俺の質問に目を丸くして驚いたように三回ほど瞬きして動きが一瞬止まった。目を見開いたまま無表情…本気で驚いているようだ。
「え、何言ってんの?すでに恩返し中。気づいてねぇの?」
今度は俺がほんの少し前の健臣のような状態になる。この状況のどこが恩返しなのか、俺には全くわからない。
「伝わるかよ…衝撃が大きすぎて、なんも入ってこねぇよ…」
健臣は「何ぃ?隅々まで語る野暮な男に、オレを仕立てようってんだな?」とすっかり江戸っ子になりきった様子で、口を真一文字にして腕を組む。
呆れてため息つく俺に、冗談の限界を感じたようで、すぐに腕を解くと優しい笑みを浮かべた。
「マサのアイデンティティの再構築でしょうが!」
「…俺のアイデンティティ?」想像しなかった回答に、俺はオウム返しするのがやっとだった。
「そ。血筋が信じてたもんと違っているってショック受けてたから…」
確かにショックは受けた。信じていたものが崩壊したんだ。先祖だと思っていた血が250年ぐらい前に途絶えていて、俺の血はどこの誰かもわからない男に繋がっている。ショックの他の何物でもない。
しかしそんなことを、健臣がここまで気にかける必要があるのだろうか。
いくら親友とはいえ、アイデンティティの再構築が恩返しになると考えられる状況って、どういうことなのだろう。俺はすっかり混乱した。
「ああ、まぁ、『恩返し』っていうと、少し美化してるみたく聞こえるかなぁ…でも、恩は強く感じてるしなぁ…」
健臣がぶつぶつと独言を言いながら、顎に手を当て天井を見る。
どうやら、健臣の感じている『恩』とは、遡ること十二年。俺たちの幼稚園時代に始まるらしい。
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