第2話 健臣

 親友、健臣たけおみが俺の部屋にやってきた。


 今となっては虚しいだけだが、一番近い家臣の末裔で、いまだに家同士の付き合いがある。


 先週までは健臣に全く感じていなかった心の距離を、俺は密かに感じていた。


 血筋で言ったら、健臣の方が苗字もある由緒正しい武家ということになる。俺は苗字もない替え玉男の血筋だ。


『あの、占い師…とんでもないものを見せてくれたもんだ…』


 俺は一瞬、あの男を呪った。しかしすぐに考え直す。


『知らなかったら裸の王様だったかもしれない。』


 平民だったのを知らないまま、実態のないものに誇りを持って殿様気取り…はたから見ると痛い。


 覆水盆に返らずだ。嘆くより受け入れて、せめて前向きでいた方が心が楽だ。結局『これでよかった』と自分を納得させた。


「ねぇ、聞いてる?マサ?」


 俺は肩をびくつかせる。やっと自分を納得させたのに、次の壁が現れた。


 彼は俺の正史まさふみという名前から『マサ』と呼ぶが、「正」は代々、名前に入れる漢字だ。


 『マサ』と呼ばれることに妙な罪悪感を覚え、背筋に寒さを感じた。


「あのさ…きょ、今日からさ…フミって呼ばねぇ?」


 健臣は「フミ?」と大きく目を見開く。


 そのはずだ。マサって呼ばれるのが好きだったのは、態度でバレバレだったろう。


「なんで?」

「いや…なんとなく…」

「ちょっと、昔っぽくね?江戸時代とか…」


 俺は江戸時代に反応して、ゴクリと唾を飲み込む。


「つーか、今日のマサ変…」


 まさに『変』だろう。


 15年近く呼ばれていた呼び名を、本人が変えてくれと申し出るなんて、普通じゃない。俺だって、こんなお願いする日が来るなんて想像したこともなかった。


 だが、マサと呼ばれ続けるのは、大嘘つきのようで気が引ける。


「なんかあった?」

「…!」


 喉の奥が張り付いて言葉が出ない。あっという間に俺の手の中は冷や汗でグショグショになった。今、嘘発見器にかけられたら…確実にヤバい。


 だがこの先ずっと、こんな状態のまま健臣に会うなんて、想像しただけで早死にしそうだ。


 俺は意を決して、昨日の話をすることに決めた。この先のことを考えるとこれが一番いい気がした。

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