第3話 蔵へ

 途中から息を潜め、相槌も打たず、瞬き以外身じろぎ一つせず、健臣は俺の話を聞いていた。


 そして話が終わると、止まった空間に部屋ごと放り出されるような静けさが全てを飲み込む。


 だがそれは、嵐の前の静けさだったらしい。


 爆笑の波が健臣を襲い、腹を抱え転がり回る。


「マジ、スゲェ!…ウケる!!」


 言葉がまともに続けられず、息苦しそうだ。


 俺は一緒に笑う気になれない。でも仏頂面をするのも違う気がして「そんなに…わらうなよー…」と吹いたら飛ぶような相槌をつきながら、最大限の苦笑いで、波が去るのを待つことにした。


 だが、健臣の気持ちもわかる。先祖が仕えた殿様の血筋が途中で途切れていたのだ。


 しかも、苗字すらない下男。実力の有無は知れず、瓜二つというだけで白羽の矢が立った男。突然歴史の表舞台に立ち、名前は殿様を語る…今で言えばなりすましだ。


 健臣はひたすら苦しそうだが、何かを言っている。 


 俺の気持ちも少し落ち着いたのか、ようやく彼が何を言っているかまで意識できるようになってきた。


 侮蔑するような言葉だったらどうしよう。だが、気になって耳を傾ける。


「フ…フフ…フミ…フミィ…ククク」


 どうやら笑いのツボは、こちらが考えていたところと違うところにあったらしい。


 俺が静かなのにようやく気づいた様子で「ワリィ、ワリィ」と涙を拭きながら、健臣は座り直して一息ついた。


「そんなことでマサがフミになるって…アイデンティティどーなってんだよ…マジウケる…ククク…」


 少し戻り笑いして「でも、マサらしい…クク」と言って再び笑い出し、しばらく会話が途切れた。だが、態度は至っていつも通りの健臣だ。


 昔からの関係が崩れないか心配していたが、杞憂だったようだ。小さな俺の気持ちを、察しているのかいないのか、健臣はニヤリと笑みを浮かべて俺を見た。


「よし!じゃ、これから、オレんちの蔵、行かねぇ?」

「え?なんで?」

「いや、マサが気負うの、オレのせいもあるかなって…」

「?」

「それにこれで、オレん中の長年の謎も解けたわ…」


 健臣が何を言っているのか全くわからない。ポカンとする俺の肩を軽く叩くと、彼は立ち上がった。


「これは…健臣クンの恩返し!素直に受け取れ!行くぞ!」


 さらに意味が分からない。だが健臣は、さっさと身支度して俺の部屋のドアを開けると、出るように促した。


 俺は、渋々腰を上げ、ショルダーバッグをたすき掛けすると部屋を出た。

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