アイデンティティ ープロローグー

KANA.T

第1話 スリップ

 突然、占い師風の男に呼び止められ、俺はタイムスリップを勧められた。


「貴方のためにも、先祖に会っておくべきだ。」


 俺の家系は鎌倉時代から続く由緒正しい血筋だ。鎌倉時代の先祖に会いたくて、俺は占い師の前に座った。


 机の上の大きな水晶球を、言われるままに覗き込む。突然時空が歪み、衝撃波を受け、俺はきつく目を閉じた。


 次に目を開けたとき、俺は満月に照らされた日本庭園に立っていた。突然、屋敷の中からただならぬ叫び声が聞こえる。


「殿に似ているという、その男を呼べ!」


 参勤交代を間近に控えた殿の急死。男子の出生がまだのため、このままではお取り潰しだと大騒ぎだ。


 俺は呆れた。


「しょぼ…鎌倉時代じゃないのかよ。」


 だが、展開が気になり岩陰に潜んで様子を見ることにした。殿の顔は江戸城で知れているため、似ている男が必要らしい。程なくして、その下男が連れてこられた。


「まことに瓜二つ!よし、この男を殿の替え玉に、参勤交代を成功させる。いいな!」


 重臣たちの決定により、下男は殿となった。俺は息を呑んだ。


 鎌倉時代から続く自慢の血筋は、このとき途絶えた。

 俺の先祖は、苗字のない男だったのだ。


 次の瞬間、俺は現代に戻っていた。

 それ以降、俺は自分の家系を語らなくなった。

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