第12話 自分でも注文してみる
俺は配達員だが、いつも配達する側だけに回るわけじゃない。
時には自分が注文をする側に回ることもある。
その日は昼過ぎに配達を始めて、日が落ちる前に切り上げた。
行きつけの酒場が休みだったので、まっすぐ家に帰ることにした。
しかし、帰ったはいいものの、どうにも自炊をする気になれない。かと言って今から外食をしに行く気にもなれない。
どうしようかと思った時、そういえば、とふいに思い至った。
そうだ。こんな時のためのフードデリバリーじゃないか。
今まで俺は配達する側だったが、注文する側に回ったことはなかった。今までしたことがないことをするのに抵抗があったからだ。
しかし、これは良い機会だ。
一度試してみるのもいいかもしれない。
アプリを開くと、配達員用の画面ではなく注文者用の画面に移行する。
配達可能区域の店舗の一覧を眺める。
ピザにハンバーガー、カツ丼に焼き鳥に海鮮にスイーツ。
様々な店が名を連ねていた。
「凄いな。家にいながら、こんなに頼めるのか」
配達員として認識はしていたが、いざ注文者になってみると改めて実感する。便利な世の中になったものだ。
「ううむ。どれにしようか迷うな……」
候補が色々とあって中々選べない。
結局、十分ほど悩んだ末にハンバーガーとポテトの注文を取ることにした。
そういえば、久しく食べていなかったのを思い出したのだ。
ハンバーガーとポテト、それにドリンクのセット。
料理を選択すると注文内容の確認画面に移行する。
「ちゃんと間違わずに選べてるよな……?」
再度、入念に注文内容を確認してから恐る恐る確定ボタンを押した。
無事に受理される。
「これでよしと。後は配達されるのを待つだけだ」
しかし、たったこれだけで料理が配達されるのか……?
普段運んでいるのに、注文者側になると急に不安になってくる。
「おっ。画面が切り替わった」
どうやら配達員が見つかったようだった。
名前と顔写真が表示される。
おそらくは俺よりも年上の中年男性だった。
「なるほど。いつもは俺もこういう感じで他の人に見えてるわけだな。……お、配達員の方が移動を始めたみたいだ」
配達員は店舗に向かって移動していた。
その様子をマジホの画面で追うことができる。
おおよその到着予想時刻も表示されていた。
「へえ。面白いな……」
別に放置しておいてもいいのだが、つい見てしまう。
しばらくして、配達員は店舗に到着した。
止まったまま、動きがない。
その時、ふいにメッセージが飛んできた。
それは配達員からのものだった。
『店舗が混み合っていて、配達時間が少々遅れます。申し訳ありません』
配達員は配達が完了するまでの間、注文者と連絡のやり取りができる。何か不測の事態が起きた時にはこれを使う。
俺も配達員だから分かる。こういうことはよくある。特に人気店だとそうだ。俺の選んだ店舗はいつも大勢の客で賑わっていた。
だから目くじらを立てることもない。
『お気になさらず。気をつけてお越しください』
俺は配達員に対してそう返信した。
『ありがとうございます。なるべく速く伺います』
律儀な人だ、と思う。好感が持てる。
その後、少しして無事に料理を受け取ることができたようだ。配達人は店舗から俺の住所に向かって動き出した。
その道程を観察しながら、おや、と思う。
通りに差し掛かったところで、不意に動きが鈍くなった。
ああ、なるほど。そういうことか。
「この通りの方が近道に見えるけど、交通量が多いから、こっちの路地を使った方が結果的には速く移動できるんだよな」
分かる分かる。俺も最初はそうだった。
今では王都の地理を完璧に把握しているから、どこを通ればより速く目的地に辿り着けるのかはすぐに分かるが。
「あ、そっちの路地は迷いやすいぞ」
案の定、路地に入った配達員はしばらくさまよっていた。この辺りは複雑だから、慣れていないと迷ってしまいやすいのだ。
その後も、配達員は苦戦していた。
やがて配達員は俺の住むアパートの前に辿り着いた。
その頃にはすでに本来の到着予定時刻をオーバーしてしまっていた。
インターホンが鳴る。その少し後に配達完了の通知が来た。
玄関の扉を開けると、そこにはピザの入った袋が置いてあった。置き配設定にしておいたから対面はしなかった。
到着予定時刻を越えてしまっているから、料理が冷めてしまっているのは否めない。紙袋を手にしただけでもそのことが分かる。
「何はともあれ、無事に届いたんだ」
外に出ずしてハンバーガーのセットが食べられるのだ。
ありがたい限りだ。
その後、届けてもらったハンバーガーとポテトのセットを食べた。
久しぶりに食べると美味かった。
「そうだ。ちゃんと評価しておかないとな」
食べ終えた後、ふと思い出す。
俺はアプリを開くと、配達員に対する評価を入力する。もちろんグッドだ。合わせてお礼のメッセージも送っておいた。
到着予定時刻は越えてしまったが、料理は崩れていなかったし、遅れる際にはきちんと連絡をしてくれた。丁寧な仕事だった。
だから、評価してあげないと。俺みたいなおっさんにメッセージを貰って、相手が喜ぶのかは疑問ではあったが。
自分がされて嬉しいことは、他の人にもしてあげたい。
「それにしても、思ってたより良かったな」
初めてフードデリバリーを注文してみたが、なかなか面白い。
またそのうち頼んでみてもいいかもしれない。
☆
「はあ……」
中年の男性配達員は深いため息をついた。
とぼとぼと歩く姿には哀愁が漂い、陰鬱な気配が全身を覆っている。
今年で五十歳になる彼は、それまで魔石を採掘する魔鉱夫として働いていた。
うだつが上がらないなりにも、一生懸命やってきた。収入こそ多くないものの、この年になるまで大きな怪我もせず、死ななかった。
それは彼の密かな誇りだった。
しかし肉体の衰えと怪我によって、とうとう続けられなくなった。
この年から転職しようにも、そう簡単には仕事は見つからない。
スキルも学歴もない中年男性に、社会というのはとことん厳しい。面接を受けに行ってもどこも相手にしてくれない。
そうしている間にも貯金は減っていく。
食いつなぐために始めたのがフードデリバリーの配達員だった。
誰にでもできて、すぐに始められる仕事。
そんな触れ込みとは裏腹に、配達は苦戦続きだった。
道には迷うし、店の客には汚らしいものを見る目で見られる。一日に何件も配達をこなすと体力も削られる。店側の都合で待たされ、到着時刻を超過することもあった。
バッド評価を付けられることも多かった。
到着時刻を超過したり、料理がこぼれていたりという理由なら分かる。けれど、汚い中年のおっさんだからという酷い理由もあった。
注文者からバッド評価を押されると、自分の全てを否定されている気持ちになる。
お前の仕事に価値はない。この社会に居場所はどこにもないと。
「……必要とされないのは辛いもんだ」
ふとアプリを開いてみると、評価が届いていた。
またバッド評価だろうか。
そう思っていたが、付けられていたのはグッド評価だった。
そこにはメッセージも添えられていた。
『美味しい料理をありがとうございました。お身体に気をつけて、ムリをなさらぬよう』
それを見た瞬間、こみ上げてくるものがあった。
さっきの注文者の方だろうか。
道に迷ってしまい、それまでの配達で体力を消耗していたこともあって、配達予定の時刻を超過してしまった。
てっきりバッド評価を付けられると思っていたのに。
「こういう優しい人もいるんだな……」
誰からも必要とされていないと思っていた。
けれど、見てくれている人もいる。
「もう少しだけ、続けてみるか……」
マジホをズボンのポケットにしまうと、中年の配達員は前を向いて歩き出した。
家に帰って、早めに寝よう。
明日も配達するためには、体力が必要になるのだから。
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