第13話 思い出の料理
何度も配達をしていると、同じ注文者に当たることも増える。それが印象に残る相手であれば自然と覚える。彼女もそうだった。
今日、いつものようにマジホに注文が届いた。
店舗を確認する。
香草と焚き火亭。
時期的にもしかしてと思った。店舗に赴いてやっぱりと思った。店員さんに手渡されたのは羊肉の香草焼きだった。
月に一度、この店の料理を注文する人がいる。
毎回、羊肉の香草焼きを頼む。
他にもたくさんメニューがある中で、決まってこれだけを。
注文者は俺をお気に入り登録してくれている。お気に入り登録すれば、注文は該当の配達員に優先的に振り分けられる。
たぶん、初回の配達で気に入って貰えたのだろう。
それ以来、毎回チップを弾んでくれていた。
実際に会ったことはないが、丁寧な人という印象だった。毎回欠かさずお礼のメッセージも送ってくれていた。
料理を受け取ると、配達バッグに収納し、早速届け先に向かう。
指定された住所は王都の外れだった。
古い屋敷。
年期は経っているが、手入れはされている。
俗世間から隔離された、閑静な雰囲気。
正面の門の前に辿り着くと、インターホンを鳴らす。
いつもであれば、中年の女性が受け取りに来てくれる。しかし反応がない。もう一度鳴らしてみたが結果は同じだ。
直接、掛けてみるか。
こういう時、配達員は注文者に通話を試みることができる。
掛けてみる。数秒の後、繋がった。
「もしもし。突然のご連絡、申し訳ございません。オーバーイーツの配達員の者ですが。ご在宅でしょうか?」
『あら、ごめんなさい。もう来てくれたのね。今、いつも対応してくださるお手伝いの方が買い出しに行ってしまっていて』
「そうでしたか」
『私は裏庭にいるから、そこまで持ってきて貰うことはできるかしら? お手数をおかけして申し訳ないのだけれど。門の鍵は開けてあるから』
「承知いたしました」
通話を終えると、正門を開けて敷地の中に。
広々としている。
正門から屋敷までは石畳の道が続き、辺りには緑が敷かれている。
裏手に回り込む。
そこには丸いテーブルを挟んで、木製の椅子が二脚置かれていた。その片方に年老いた女性が腰掛けていた。服は洒落ていて、気品がある。
「お料理を届けに参りました」
「ごくろうさま。ごめんなさいね。ご足労いただいて。まさかこんなに速く届けてくださるとは思わなかったものだから」
「いえ」
「それにしても、どうすればそんなに速く配達できるのかしら」
「大したことは。速さはもちろん、配達にも細心の注意を払いました」
「うふふ。そこは心配していないわ。あなたの配達だもの。毎回、出来たての料理を完璧に届けてくださるから」
老女は花が咲くように笑った。
可愛らしい人だ、と思った。今も昔も、多くの人が周りに集まっただろう。生き方は年を取ってから顔に出る。
きっと、彼女は素敵な人生を歩んできたに違いない。
「それより、はじめましてよね? お会いできて嬉しいわ。アプリの顔写真で見るより実際の方がずっと素敵ね」
「恐縮です」
そう言って、配達バッグから料理を取りだした。
「こちらがご注文された料理となります」
「ああ、美味しそう」
老女はテーブルの上の料理を見て舌鼓を打つ。
羊肉の香草焼き。
包みを開けると、良い匂いが鼻孔を刺激した。
「月に一度、この店の料理をこの庭でいただくのが楽しみなの。昔、主人が生きていた頃にはよくいっしょに食べに通ったものだわ」
「そうだったんですね」
ご主人との思い出の味。
だからいつも同じ料理を頼んでいたのか。
「あの頃はお金もなくて、月に一度、主人といっしょにこの羊肉の香草焼きを食べにいくのが唯一の贅沢だった。そこでたくさんの話をしたわ。
あれから時も経って、色々なものを手に入れた。だけど、気づいたの。一番幸せだったのは二人で過ごしたあの頃だったって」
過去を思い出すようにしみじみと言う。
「主人が亡くなってすぐに私も足を悪くしてしまって、あのお店の料理を食べることは二度とできないと思っていたのだけど。
こうしてまた、思い出の料理を食べることができるなんて……夢のようだわ。配達員さんが屋敷まで配達してくれるおかげよ」
そう言って、柔らかく微笑んだ。
品のある仕草だった。
「できることならもう一度、お店で食べてみたいけれど。それは贅沢よね。食べられるだけでも感謝しないと」
「なら、そうしましょう」
俺はそう切り出していた。
「え?」
「お店に行って、料理を食べましょう」
「もちろん、そうなれば嬉しいわ。でも、どうやって?」
「俺に任せてください」
そう言うと、老女の傍に立つ。
「失礼します」
断ってから、椅子に腰掛ける老女の足に手のひらをかざす。
魔法を掛けた。光が広がる。
「いったい何をしたの?」
「重力魔法です。足にかかる負荷を軽くしました。立てますか?」
手を差し伸べる。
老女は恐る恐るその手を執った。おもむろに立ち上がる。
「……すごいわ。まるで重さを感じない。関節の痛みも随分と和らいでいるわ」
信じられないという顔をしていた。
「これならお店までお連れできます」
俺は言う。
「とは言え、重力魔法を継続してかけ続けるには、俺と手を繋ぐ必要がありますが。それでもよろしければ」
「もちろんよ」
老女は微笑んだ。
「あなたのような、素敵な殿方にエスコートして貰えるんだもの。こんなに幸せなことはないわ」
☆
そして屋敷を発った俺たちは、店にやってきた。
老女ーーグランマさんをエスコートしながら。
香草と焚き火亭。
店内に入ると、店主が迎えてくれた。
白い髭が印象的な落ち着いた老年の彼は、グランマさんの姿を見ると、驚いたようにはっと目を見開いた。
「おお、あなたは……お久しぶりです」
「覚えててくださったの?」
「もちろんです。よくご贔屓にしてくださっていましたから」
「足を悪くして、お店に来られなかったのだけど。こちらの配達員さんのおかげでまたお店に来ることができたの」
「そうでしたか」
老年の店主はしみじみと呟いた後。
「お席にご案内いたします」
店の奥の席に通される。
「主人と来た時は、いつもこの席に座っていたの。覚えててくださったのね」
席に就くと、グランマさんは感慨深げに呟いた。
「ここ、素敵なお店でしょう?」
「ええ」
注文を待つ間、俺たちは他愛のない話に花を咲かせた。
無益で、けれど豊かな時間。
きっと、かつての彼女とご主人もそうしたのだろう。
「お待たせいたしました」
しばらく経って、注文が運ばれてきた。
もちろんメニューは決まっている。
羊肉の香草焼き。
「もう一度お店で食べられるなんて、夢のよう」
グランマさんはナイフとフォークを使って羊肉を切り分けると、小さなかけらをゆっくりと口にした。
噛み締めるように味わった後、しみじみと呟く。
「あの頃と何も変わらない。店も、料理も。変わったのは私たちだけ。いつの間にかこんなにも時が経っていたのね」
そして顔を上げると、優しい微笑みを浮かべた。
「ありがとう配達員さん。あなたのおかげで素敵な時間を過ごせたわ。料理だけでなく幸せも運んでくれたのね」
「喜んでいただけて何よりです」
思い出の味を、思い出の場所で食べる。
その手伝いができて良かった。
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