第11話 休みの日の過ごし方

 週に一度は必ず休みを取るようにしている。

 今日はちょうどその日だった。

 

 俺は古本屋に立ち寄っていた。休みの日には散歩がてらよく足を運んだ。

 人通りの少ない路地の一角に、店を構えている。

 日当たりが悪く、狭い店内の壁際には天井に届く高さの本棚が立ち並んでいる。多種多様な古本がここでは売られていた。

 新刊と比べて、古本は安い。

 店頭のワゴンのものであれば、三冊で百ギル。

 小説なら一冊読み終えるのにだいたい三、四時間ほど。三冊あれば十二時間。そう考えると驚くほどの安さだ。

 

 店内に足を踏み入れると、古本の匂いが鼻をついた。独特な匂い。けれど、俺はこの匂いが嫌いじゃない。

 店内はいつも客がまばらだった。年齢層も高い。雰囲気も落ち着いている。しかしその中に一人、場にそぐわない若くて華やかな客がいた。


「あ、ハロルドさん、こんにちは。偶然ですネ」 

「カトリーナさん……?」


 カフェ・ルミエールの看板娘ーーカトリーナさんだった。おしゃれな私服姿の彼女は、古本屋の景色から浮いていた。


「どうしてここに……」

「以前、ハロルドさんが古本を買って読んでるって仰ってたのを聞いて、私もたまには本を読んでみようカナ~って」


 そういえば、カフェでお茶をした時にそんな話をした気がする。


「それよりハロルドさん、また敬語に戻ってますヨ」

「……ああ、そうでした」と俺はそこで思い出した。以前、敬語ではなくタメ口で話して欲しいと要請されたのだ。

「でもすみません。やっぱりこっちの方が話しやすいので」

「まあ、ムリにとは言いませんけど」


 彼女に対して気安い感じで話すのは抵抗があった。


「古本屋さん、初めて来ましたけど雰囲気がいいですネ。静かで落ち着いていて。右を見ても左を見ても本がたくさん」

「読みたい本はありましたか」

「それが、色々あるからどれにしようか迷っちゃってまして。マジホで検索して、他の人の評価が高いものとか、SNSでバズってたのにしようかなって」

「なるほど。そういう選び方もあるんですね」


 俺にはない視点だった。

 それでマジホを手に本棚を眺めていたのか。


「ハズレを引いたらどうしようって思って、つい慎重になっちゃうんですよねー。無駄な時間を過ごすことになるのが怖くて」


 カトリーナさんはそう言うと、


「ハロルドさんは、どうやって買う本を選んでるんです?」

「表紙とタイトルを見て、気になったものを手に取ります。その後にあらすじを読んで興味が湧いたら購入します」

「他の人のレビューとかSNSは見ないんですか」

「全く見ないですね」


 と俺は答えた。


「他の人にとって良いものが、俺にとっても良いものとは限らないですし。読む前に先入観を抱かない方が楽しめるかなと」 

「じゃあ、読んだ後に感想を呟いたりも?」

「しないですね」

「読んだものが面白かったら、誰かに言いたくなりません?」

「いえ。特には。読んで面白かったら、それでいいかなと」


 それに、と続ける。


「何というか、他の人に伝えるために無理に言葉にしてしまうと、本来抱いていた気持ちからズレてしまう気がして」


 他人に伝えるために外に出した瞬間、本来の形から変わってしまう。分かりやすい枠の中に収まってしまう。陳腐になる。

 もちろん、抱いた気持ちを損うことなく上手く人に伝えられる人もいるとは思う。でも俺にはできない。それなら無理に言語化しない方がいい。


「俺にとっての本は、誰かと繋がるためのツールじゃなくて、自分一人で楽しむためのものなんだと思います」


 だから、誰かと本の話をしたいと思ったことがなかった。自分が読んで面白かったものを共感して欲しいとも。

 読むことそれ自体が楽しいから。

 著者からすれば、広めてもらった方がいいだろうとは思う。


「ハロルドさんは、一人の楽しみ方を知ってる人なんですネ」

 とカトリーナさんは言った。

「他の人の意見に価値観を左右されない。自分をちゃんと持ってる。素敵です」

「そんな良いものじゃありませんよ」

 ただ口下手で、他人と繋がることが不得手なだけだ。

「いえいえ。私もハロルドさんを見習わないと」


 カトリーナさんはそう言うと、マジホを鞄の中にしまった。そしてしばらく本棚の前で逡巡した後、一冊の本を手に取った。


「ビビッときました。これにします」

「良いんですか。他の人のレビューは見なくて」

「はい。ハズレを引いちゃっても、それも経験かなって」

「いいと思います」と俺は言った。「無駄な時間は贅沢品ですから」

「ですネ」


 カトリーナさんは楽しそうに微笑む。


「でも、私はハロルドさんと違って、読んだ本の感想は話したい派なので。読んだ後に感想を聞いて貰ってもいいです?」

「そういうことならぜひ」


 本の話を他の人と積極的にしたいと思ったことはないが、絶対にしたくないと決めているわけでもない。相手が望むのならそれに付き合うのは構わない。


「面白かったら、ハロルドさんにもオススメしますネ」


 カトリーナさんが選んだ小説は、普段の俺なら手に取らないジャンルの作品だ。

 一定以上の作品を読んでいると、自分に合う作品が分かるようになる。ハズレを引くようなことがなくなってくる。

 それはある種の停滞だ。

 普段、他の人のレビューを参考にすることはない。

 けれど、彼女がオススメしてくれた作品を読むのいいかもしれない。 

 そう思った。

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