ナヴィエル〜命の観測者〜

第一章【宮村鈴音】第一節

　鵙ヶ丘（もずがおか）中学校の放課後。鈴音（すずね）はいつものように、ひとりで教室の窓辺に座っていた。

　外は秋の風が少し肌寒く感じる季節、木々が色づき始めた。学校から見える風景は、どこか寂しげに感じられる。

　しかし、鈴音にとってその景色はもう何も特別な意味を持っていない。毎日の繰り返しの中で、彼女の心はどこか空虚だった。

　放課後の静けさの中、教室にはほとんど誰もいない。

　鈴音は、ただ目の前の景色をぼんやりと眺めていた。まるで、時間そのものが鈴音の前から消えていくような感覚を抱えていた。

　数分、いや、もっと長く感じたかもしれない。その時、不意に教室の扉が開かれる音が響いた。鈴音は驚いて振り向く。

　そこには、クラスメイトでも教師でもない、ただの風景の一部のような存在が立っていた。

　その人物は、鈴音が知っているはずの誰でもない顔をしている。学校の制服を着ているわけでもなく、ただ黒いコートを羽織った男性が静かに立っている。

　彼の姿が異次元から来たように感じられる。

　鈴音は、彼が立つ場所が教室の入り口ではなく、どこかの異空間から来たのではないかと思うほど、まるで現実から切り離されているような感覚に包まれた。

　だが、次の瞬間、彼が鈴音の方に歩み寄ってきたことに気づく。

　「君、ずっとこんなところで何をしているんだい？」

　男の声は、冷たさを含みながらも、どこか優しげでもあった。

　鈴音はその問いに答えることができなかった。彼がどこから来たのか、何を考えているのか、全く分からなかったからだ。

　ただ、胸の中に膨れ上がる違和感だけがあった。

　「あたし…？」

　鈴音は声を震わせながらも答えた。彼の目線はどこか遠く、まるで何かを見透かしているかのように感じられた。

　男は鈴音の反応をじっと見つめ、その後、ゆっくりと口を開いた。

　「君が感じているもの、わかるよ」

　鈴音はその言葉に一瞬驚いた。

　自分の胸の中で抱え続けていた、誰にも言えない想いをその男が理解していると言うのだろうか？

　「…何を、わかるって…？」

　鈴音はゆっくりと、その問いを口にした。

　男は少しだけ微笑み、言葉を続けた。

　「君が持っている、深い孤独。それに触れているだけだ。」

　鈴音の胸がぎゅっと締めつけられる。これまで感じていた孤独、それをまるで見透かされたような気がした。

　誰にも言えなかった、ただ一人で抱えてきた思いが、彼の言葉で形になったような気がした。

　その男の目は、まるで過去の鈴音のように、どこか遠いところを見ているようだった。その瞳の奥に何が映っているのかはわからなかったが、鈴音はその目をじっと見つめていた。

　その瞬間、鈴音の心に一つの疑問が湧いた。

　どうしてこの男は、こんなにも自分の心の中に触れてくるのだろうか？それとも、この男が自分にとっての「何か」になるのだろうか？

　しばらくの沈黙が続いた後、男は静かに言葉を続けた。

　「君がその孤独を抱え続ける限り、私はずっと君の側にいるよ。」

　鈴音はその言葉を胸に刻み込んだ。彼の言葉が、ただ一つの真実のように思えた。しかし、それと同時に、彼の言葉の裏に隠された何か、鈴音にはそれを感じ取ることができた。

　そのとき、鈴音の目の前で、男の姿がほんのわずかに揺らいだ。そして、彼は静かに微笑みながら、鈴音に向かってこう言った。

　「君が死にたくてたまらない理由、その答えを探しているんだろう？」

　鈴音は一瞬、その言葉が何を意味するのか理解できなかった。だが、男の目がまた自分をじっと見つめたとき、鈴音は強烈に引き寄せられるような気がした。

　その瞬間、男の姿は徐々に薄れ始め、教室の中の空気が変わったような気がした。そして、鈴音は胸にふっと浮かんだ言葉に驚いた。

　「死にたい」と。

　その瞬間、鈴音の心の中に、誰かの声が響いたような気がした。その声に導かれるように、鈴音は目を閉じた。

　そして、教室の扉が静かに閉まった。