ナヴィエル〜命の観測者〜

翠ノさつき

序章

 

 鵙ヶ丘もずがおか中学校、美術部室前の廊下に、今はもう使われていないイーゼルが一つ、静かに佇んでいる。


 あれから、もう数週間が過ぎた。


 彼女の名は、宮村鈴音みやむらすずね。鵙ヶ丘中学校に通う、ひとりの中学三年生だった。


 無口で目立たず、けれど誰よりも美しく、絵を描くその姿はいつも孤独だった。


 鈴音は、学校の屋上から飛び降りて命を絶った。


 それは夕焼けの色が燃えるように空を染めていた、ある放課後のことだった。


 秋風が吹き抜ける中、彼女の身体は校庭の片隅に横たわり、その姿はまるで一枚の絵画のように、あまりにも静かで、そして美しかった。


 誰かが悲鳴を上げた。


 誰かが泣き崩れた。


 誰かが理由を探した。


 けれど…ひとり、沈黙の中に佇む少女がいた。


 彼女の名前は、蒼井未央あおいみお。鈴音と同じクラスの、しかしほとんど関わることのなかった少女。


 彼女は…その死の瞬間に、魅了された。


 風の音が耳元で揺れた気がした。


 誰かの声のようでいて、どこか遠くから語りかけるような響き。


 その声が現実だったのか、それとも心の幻だったのか。


「──君は、彼女の最期を美しいと思ったんだね」


 誰もいないはずの場所で、確かに澪は“それ”を感じた。姿なきもの。形なき誰か。


 その存在は、まだ言葉にはできないけれど、鈴音の“死”の傍に、何かが──誰かが、いた気がした。


 それはまるで、死を見つめる観測者のように。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る