第24話 船員辞職

 ブラジルから帰国したAさんは

会社が用意した別の船で船長が出した赤字を

埋めるべく、また出航する予定だった。


学校でも習ったし、前の船の同僚にも

言われていたことがあった。


 大事な事だった。


それは水揚げした魚を冷凍する冷凍庫。

使用するガス。

無味無臭のため気がつかない。

充満している部屋に人間が入ると

酸欠を起こし即、死に至る。

一酸化炭素中毒と同じ感じだ。

「なんかめまいがしたら、もう遅いが、

すぐ息を止めてその場から逃げるんだぞ」

Aさんは何度も言われていた。


甲板に四角い開口部があってタラップがある。

わりと大きめの船だから船底にむけて冷凍庫がある。

地下室のイメージで思っていただきたい。


冷凍庫は広い、船が揺れたりすると固く

凍った魚が冷凍ガスの流れるパイプにぶつかり

パイプが破損して知らないうちにガス漏れを起こし

冷凍庫にガスが充満することがある。

これが結構あるのだそうだ。


ガスは重いので蓋を開けても自然に上に向けて

流れ出ることはなく下に溜まったままだ。

ガス漏れを起こすと圧力メーターに異常を

きたすそうだ。

ガス管は応急でテープを巻くか

溶接修理するか、一定の長さ、まるごと交換するかだ。


出航前の点検で冷凍庫に圧力異常が見られ

ガス漏れの恐れがあった。


ベテラン船員がに注意を促した。

「パイプ破損してるみたいだから

今から下に降りるから、ガスのバルブ絶対開けるなよ

他のみんなにも言っておいてくれ」

Aさんも一緒に下に降りた。


 だが馬鹿船長はソレをちゃんと皆に伝えていなかった。

確認もせず、圧力が下がっているメーターを見た

機関長が点検に二人が居ることも、

パイプに穴があることも知らずに、

圧力メーターを上げるべく

ガスのバルブを開けた。


Aさんともう一人は甲板から下に降り

ガスのパイプとにらめっこして懸命に

破損箇所を探していた。

―シューッーーーーーーー

ガスが流れてくる音がした。

「おいA、ガスの音しねぇか?」

「します・・・」

すぐにグラリとめまいがした。

Aさんは

『これだ』と思った。

逃げようと思いタラップに走り寄って

タラップを上がり上半身だけが甲板に出たところで

Aさんは気を失った。


病院で目が覚め、付き添いの仲間に聞くと

一緒にいた船員さんは、冷凍庫で倒れていて

すぐに亡くなったと聞かされた。


誰も下に降りられず、遺体回収は警察に、

お願いしたらしい。


後日、Aさんは会社と現場に行った。

船長も機関長も何食わぬ顔で働いていた。

そして

二人共、Aさんに謝りもしない。


事件から数日たっていた。甲板下の冷凍庫に

ニワトリを離してみたが

ほんの数十秒でパタリと倒れ死んだ。

全然ガスは抜けていなかった。


Aさんは激怒した。

死ぬところだったからだ。


事務所に向かった。

会社に苦情を言ったが埓があかない。

「人○しっ!何人○せば気が済むんだ!」

社長に罵声を浴びせ


当人の馬鹿船長と機関長を、めちゃくちゃに

何度も殴ってやった。

「この野郎っ!!!」

二人共、鼻が折れたようだが気が収まらない。

「警察呼べっ!全部話して訴えてやるっ!」

だが

誰も警察を呼ばないので、その場を去って

それ以来

二度と船に乗ることは辞めてしまった。


その後

Aさんは国鉄職員になった。


この話、

昔、本当にあったんですよ、みなさん。



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