第4話
あれから、二週間と少しが経った。結局、入院はちょっとだけ長引いて、今日からの登校だ。見飽きた校舎も、騒がしい運動部員の無意味なわめき声も、ひどく懐かしく感じる。
「もう、そんなに緊張しなくても良いじゃん」
「分かってるけど……」
ちづるとこのやり取りをする事、四回。三年B組の教室を前に、私は立ち往生をしていた。
だって、たかがインフルエンザで休んだ後ですら、教室に入るのにはいささかの抵抗がある。ましてや二週間。事件に巻き込まれて、入院して。包帯のせいで制服は着れないから、上だけ体育着ときた。
私は被害者ですって言いながら歩いてるようなものだ。せめてもの抵抗で、包帯を隠すために長袖だけど……。
絶対に、浮く。浮きまくる。
そして変な噂や知らない話題に振り回されるんだ。
ああ、やだやだ。
「帰る」
「せっかく来たのに!?」
くるりと踵を返した私の鞄を、ちづるがやんわり掴んで引き留める。
「やだ。無理。だって周りの視線が……ほら、あの人! 変な目で見てきた!」
「それは、あんたが不審者だからでしょう! 教室の前でうだうだして、気にならない方がおかしいから!」
「だって」
怖いものは、怖い。
「あたしが大丈夫なんだから、ミーヤだって大丈夫だよ。普通に受け入れてくれるって。というか、みんな心配してたよ?」
それは……知ってる。
ちづるは事件の三日後には、学校に通い始めていた。始めの数日は、保健室で様子を見つつだったらしいけど。
そして毎日のように私のお見舞いに来て、授業でやったことや、クラスであったことを教えてくれた。その時に、みんな心配してくれることは聞いている。
なんなら、ちづる経由でお菓子や授業ノートのコピーをくれた人もいた。
でも、それとこれとはまた別問題だ。
「あー、もう!」
叫んだかと思うと、ちづるはガラリと教室の引戸を開け放った。そして私の鞄を掴んだまま、教室の中へと向かって声を張り上げる。
「おはよう!」
みんなの視線が、ちづるに集まった。そして当然、それは私にも向けられる。
ちづるめ。私がハッキリしないからって、強行手段に出たな。
「はよ~。千堂、マジで朝から元気すぎだって」
「月宮さんが一緒だから、テンション上がってんでしょ」
「美夜ちゃんもおはよう。久しぶりだね」
「お、おはよう」
投げかけられる視線と声に戸惑いつつも、自分の席に座る。クラスメイト数人が、机に群がってきた。仲が良い子も、そうでない子もいる。
そして次の瞬間には質問責めだ。
怪我はもう大丈夫なのか。
医者はイケメンだったか。
入院中は何してたのか。
予想してたけど、面倒くさいなぁ。
頬が引きつるのを感じつつも、笑顔でひとつひとつ答えていく。
ふと後ろから影が差したかと思うと、両肩に手が乗っかった。
「美夜ちゃん、久しぶり!」
「ああ、澄麗ちゃん。おはよう」
左側からひょっこりと身を乗り出してきた同級生にも、笑顔で挨拶を返す。
「事件に巻き込まれるなんて、災難だったね。まだ痛むよね? お見舞いにいけなくてゴメンね?」
ぎゅっと優しく、抱きすくめてくる。相変わらず、ボディタッチが多いな。幼稚園の頃からだし、もう馴れたけど。
「謝らないで。ノートのコピー、全教科分くれたじゃん。解説まで付けてくれて……。ありがとう。本当に助かった」
「そんなもので良ければ、いくらでもあげる」
照れくさそうに、可愛らしく笑う澄麗の手をポンポンと叩いて、もう一度、ありがとうを伝える。
補足説明や、参考資料のページが事細かに見やすくまとめられていてとても分かりやすいノートだった。
授業に大きく遅れる心配がなさそうなのは、澄麗のおかげだ。
「あ、片山くんもありがとうね。お菓子」
澄麗の陰になっていた背の高い男の子にも声をかける。
「いいんだよ。気分転換になった?」
「もうバッチリ。病院食、美味しくないんだもん」
「だと思った」
にっこり爽やかな笑みを浮かべると、片山くんは自分の席に着いた。同時に、チャイムが鳴る。
机の周りに群がっていた人たちも、蜘蛛の子を散らすように去っていく。
「ね? 大丈夫でしよ?」
隣の席で様子を見ていたちづるが言った。
「うん」
「にしても、片山もスミもやっさし~」
その言葉に、首を縦に振る。
「そうだね」
――本当に、優しい人たちだ。
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