第五話


「なんだその口のきき方は!」


 家に帰って最初に聞こえてきたのは、おじいちゃんの怒鳴り声だった。すぐさま、反論するおばあちゃんの金切り声も耳に入ってくる。


 あーあ。またやってる。


 本当は部屋に直行したいけれど、帰ってきたからには顔を見せなきゃいけない。あとから文句を言われたくないし。


 騒々しいリビングに顔を覗かせると、不機嫌そうに顔を歪めるおじいちゃんと目があった。


「ほら! 美夜が帰ってきたじゃないか! お帰り、美夜。ごめんね。お菓子を準備しようか」


 不自然な猫撫で声で、キッチンに向かおうとする。

 おばあちゃんは椅子に座って俯いたまま、こちらを見ようともしない。


「ありがと。宿題終わらせてくる」


 おじいちゃんからどら焼きを受け取って、そそくさと二階にある自分の部屋に入った。重たいスクールバッグを床に放り投げる。


 下からはまた、言い争う声が聞こえてきた。


 これは夕飯遅くなるコースだな。

 もしくはおばあちゃんは部屋に引っ込んで、おじいちゃんと二人で食べるか。

 どっちにしたって空気は最悪だ。何でこうなるかな?


 食事の度に気分が悪くてかなわない。うんざりだ。どら焼きだって、別に要らなかった。これ以上、おじいちゃんのご機嫌を損ねたくないから、受け取っただけ。


 机の大きい引出しに、どら焼きをしまい込む。

 また、スペースが埋まってしまった。折を見てはちょいちょい食べてるけれど、なかなか減らないお菓子の隠し場所だ。


 ああ。このお饅頭の消費期限、今日だっけ?


 食べる気、しないな。宿題も、それ以外の勉強も、やる気が起きない。とにかく、身体が重い。


 私は机に置かれた黒いヘッドホンを装着した。そしてベッドに身を沈める。


 ご飯できるまで、寝よ。


 スマホを操作して、適当な音楽をかけた。


 自分が選んだ音以外、聞きたくなかった。いや、本当は、何一つとして、耳に入れたくなかった。



 目を覚ましたときには、部屋は真っ暗だった。ヘッドホンは淡く光ながら枕の横に置かれている。通りで耳元がスッキリしてるわけだ。


 音楽は勝手に止まっていて、スマホの時計は午後七時を示そうとしていた。


 ……やらかした。お母さん、帰ってきちゃう。

 ご飯食べてないって、怒られる。

 取りあえず、下に――。


 ドアが開いて、光が差し込んできた。


「寝てたの?」


 お母さんだった。


「お帰り。うん。ちょっとのつもりだったんだけど……」


「久しぶりの学校だったもんね。疲れてたんでしょ。ご飯は?」


「まだ」


「そう。早く食べて、お風呂入りなさい。でねでね、スーパーに寄ったらね、お蕎麦が半額だったのよ。天ぷらだけど、食べるでしょ?」


 その言葉に頷くと、お母さんは一階に降りていった。ほっと胸を撫で下ろす。


 機嫌がよくて何よりだ。危うく、状況が悪くなるところだった。お蕎麦、ナイス。天ぷらは好きじゃないけど、今だけなら愛せるよ。


 さて、お母さんの機嫌が良いうちに、やることやってしまおう。


 私は着替えを持って、部屋を出た。

 

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