3

 鋭く焼け付くような痛みで、目が覚めた。少し黄ばんだ、白い天井が目に飛び込んでくる。


 ここ、どこだろう?


 目を覚ますとそこには知らない天井が、だなんて。漫画だ小説だで散々と使い古されてきたシチュエーションだ。自分がそんな状況になるなんて、想像すらしてなかった。


 とにかく、起きよう。


 そう思ったけれど、激しい腕の痛みで上手く身体が動かせない。それに、少しくらくらする。


 やめた。これは無理。動けない。

 痛いし、気持ち悪いし、これ以上ないくらいに最悪だ。


 仕方なく視線だけを漂わせる。点滴のパックが見えた。ポタリポタリと、規則的に雫が落ちていく。

 じぃっとそれを眺めていると、直前にあった事が鮮明に頭に浮かんできた。


 学校。コンビニ。コートの女。それから……。


「――っ!」


 鋭く光る切っ先と、女の醜い歪んだ顔が脳裏をよぎった。そのまま焼き付いて、離れない。

 凍るような恐怖がよみがえってくる。


 やだ。いや。ちづる……。


 ああそうだ、ちづる。一緒にいたのに。


 どこ?


 無事なの?


 だだっ広い、無機質な白の中に、私は一人だった。同じ場所にいたはずの友人の姿が、どこにもない。


 探さなきゃ。怪我してるかも。


 言うことを聞かない身体を、必死に動かす。その度に、激痛が走った。あまりの痛みに、脂汗が滲み出てくる。


「失礼しま……どうしたんですか!?」


 女性の看護師さんが、駆け寄ってきた。

 その人の大きな声に、スーツや制服を着た人たちもなだれ込んでくる。

 私は看護師さんに飛び付いた。


「ちづる! 一緒だったの! いないの!」


「月宮さん、落ち着いて。ほら、横になって」


「ちづるさんって、お友達の千堂ちづるさんの事だよね。病室の外にいるからね。どこも、怪我してないから」


 スーツの人の言葉に、動きを止める。


「ほんと……?」


「ええ。だから、安静にしていましょうね」


 ホッと胸を撫で下ろす。

 よかった。無事だったんだ。

 身体の力が抜ける。看護師さんに手伝ってもらって、ベッドに横になった。


「今先生が来て問診をしますが、よろしいですか? できそう?」


「はい」


 小さく頷くと、看護師さんは乱れた布団や点滴のテープを手早く直していく。そうしている内に、今度は白衣を羽織った女の人と、お母さん、そしてちづるが部屋に入ってきた。


「ミーヤ!」


「みぃちゃん!」


 見馴れた人たちの姿に、じんわりと視界が滲んだ。




「それじゃあ、私は失礼しますね。面会や事情聴取は、美夜さんの無理にならない範囲でお願いします」


「月宮さん、千堂さん、今日はお休みください。明日また、改めて伺います」


 先生と看護師さん、そして警察の人たち。

 次々と病室を去っていく。西日の差し込む病室に、三人だけが残された。


 重たい空気の中で、ちづるの嗚咽が響く。


「ごめんね。ごめんなさい。あたしのせいで……」


 こんな調子で、ずーっと泣き通し。

 私の左手を握りしめている。


「ちづるは悪くないって」


「そうよ。悪いのは、頭のおかしなコートの女よ」


「でも、筋肉とか損傷って。動かせないかもって……」


 怪我は思ったより酷く、少なくとも二週間の入院が必要だと言われた。延びる可能性もあるらしい。


 筋肉の損傷の程度と、リハビリの状況次第だ。

 あとは私の回復力。そこには微塵も期待してない。

 受験勉強もあるし、なるべく早く学校に復帰したいところ。


「それより、一緒に逃げてくれてありがとう」


「あ、当たり前だよ! 置いてくわけないじゃん!」


 その当たり前が難しいのに。

 ちづるは優しいな。優しくて、とっても純粋な良い子。この冷たい手が、どれだけ心強かったか。


「本当にありがとうね、ちづるちゃん。ところで、お母さんたちをあまり待たせちゃダメよ。待合いにいるんでしょう?」


「……そうですね。明日もありますし。じゃあね、ミーヤ」


「バイバイ」


 名残惜しそうに離れていく冷たさを一瞬だけ握り返して、手を放した。

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