第13話 決断

 一歩前進、ということで慎まやかながら祝賀会のようなものが開かれた。参加者は二名。私とリエナ。以上。

 一応二人で「祝賀会をやろう」「打ち上げだ」とノリノリで手を取り合い、始めたが。夜に配給の残り物を外で食べるという……どことなく虚しさの香りものであった。

 蒼い星を眺めながら、食事をする。


 「手が届きそうなんだね」

 「まだまだだけどね」

 「でも、希望は見えた。正直今までは……夢は夢。きっと理想だけを掲げて、子供みたいに夢を語り続けて、叶えることなく死んでいくんだろうなって思ってたから」


 硬いパンをかじる。

 リエナがそう思えたのならやった価値は大いにあったのだろう。私からしたら期待したほどじゃなかった。もっと飛ばせたとも思う。まあこれは追々改良していけばいい。


 「セナ」

 「うん?」

 「私に手伝えることなにかある?」


 リエナは唐突にそんな質問をぶつけてきた。


 「手伝えること……」


 もっと大きな機体を飛ばせるだけの燃料を探して欲しい。もしくは心当たりがないか。今の彼女に求めたいのはそれ。早かれ遅かれ聞かなきゃならない。じゃないと先に進まないから。とはいえ、今はあまり訊ねる気はない。あの一件を見てしまったから。変な情が芽ばえる。


 「ないかなあ」


 ちょっとだけ悩んで答える。

 やっぱり今のリエナに頼み事をする気にはなれない。別にリエナじゃなきゃいけないってこともないし。遠回りに……遠回りを重ねれば情報を仕入れることだってできるはず。アルミナを始めとした村の人たちにそれとなく訊ねてみたり、必死になって文字を読めるようになり文献を漁ってみたり。やろうと思えばいくらでもやることはある。まあ後者に関してはあまりにも非現実的だが。ちょこっと勉強して、これっぽっちの知識もない文字を読めるようになるわけがないから。

 英語だって一苦労だったのに。


 「頼りない? 私」

 「いや、そういうことじゃないよ」


 力無く答えたリエナをフォローする。


 「ほら、そのうち頼むけど。今はまだってだけだから」


 明日、明後日っていうことはないだろうが。

 いずれリエナにも頼らなきゃいけない。

 でもそれはきっと配給に頼らずに、リエナの心の傷を癒しきってからになるのだろう。


◆◇◆◇◆◇


 翌朝。

 騒がしさが私を包む。非常に不快な目覚めであった。ゆっくりとまぶたを開き、耳障りな騒がしさに眉間に皺を寄せる。上体を起こして、リエナに声をかけようとする。だけれどそこにリエナは居なかった。


 「……?」


 どこに行ったのだろうか。謎であった。そして外の騒がしさは止まない。ずっとうるさい。まるで動物園にでも来たみたいだった。物と物がぶつかり合う音。怒号。なんかもうとにかくやかましい。

 なにをそんなに騒いでいるのだろうか。祭りでもしているのかな。なんて思う。


 若干気だるい身体をよいしょと起こし、外の様子を玄関の扉を少し開けて覗き込む。


 外にはリエナがいた。そしてその周囲には村の人々がいる。

 その奥にはアルミナもいる。


 村の人々はリエナへ言葉を投げていた。その言葉は綺麗なものではない。汚くて棘が鋭利なもの。聞いていて心地の良いものではない。ある者は水をぶっ掛けて、ある者は小石を投げる。命中していないのはたまたまかそれともわざとか。


 「禁忌を犯した大罪人が!」「村を出ていけ!」「空を目指そうなんて恐ろしい」「匿ってる奴も同罪だ! 出せ!」


 言葉の猛攻は止まらない。

 むしろヒートアップしている。

 このままだとリエナは殴られてしまうんじゃないかってほどだった。


 「程々にしてくださいね。神は大罪人さえも殺すことを良しとしません。この村の長の孫として、人殺しは看過できませんよ」


 アルミナは一応村人たちを制止する。だけれど、本気で止めるというわけじゃなくて、あくまでも私は止めたからみたいなスタンスを維持するためのパフォーマンス。形だけののであって止めているとは言い難い。

 そういうこともあって、村人たちは一切聞かない。ヒートアップし続ける。


 リエナはぐっと堪える。反抗しない。ただ攻撃に耐える。

 反撃されないからどんどんと過激になっていく。悪循環であった。


 「あの道具を出せ」「邪神の遺物を出せ」「世の理に反するものだ壊す。壊させろ! 今ここで破壊させろ」


 わーわー喚く。

 ただそのおかげでなんとなく状況が掴めてきた。

 供火瓶ロケットがすべての元凶っぽい。あれを見ていた誰かがこれみよがしにリエナを悪者に仕立てあげたのだろう。


 たったあれだけのことでここまでヘイトを向けられるとは思っていなかった。たかが数メートル供火瓶は発射させただけ。手で投げても同じくらい飛ぶ。神聖なもので遊ぶな、という主張であるのならまあわからんでもないというか、こっちにも非は少なからずあるよなと思うけれど。

 空を目指しているから。教えに背いているから。それだけでここまでやられる筋合いはない。


 「…………」


 というか、この程度でここまでヘイトを稼いでしまうのならば、これ以上の実験は不可能に近い。ただでさえ手探りなのにその上妨害を受け、人の目を終始気にしながらあの蒼い星へ到達できるロケットを作る……ちょっと無茶だ。

 足枷も良いところ。


 本気で蒼い星を目指すのなら、きっとヴァルカ村を出た方が良い。私だけならさっさとこの村を後にする。その後どうするかはなにも決めていないけれど、とりあえず出る。転生したての時と比べれば幾分かマシ。防寒対策をすれば夜だってどうにかなるし。野宿することになるのはちょっと嫌だが。


 でもこれからずっと目の前みたいな状況に晒されるよりは良い。


 「あれ。もう……答え定まってる?」


 悩んでいるつもりだった。というか実際悩んでいた。悩んでいたのだが、実のところもう答えが出ていた。


 扉を開けて、リエナの手を取る。

 そしてぐっと引きずり込む。


 リエナは仰々しい顔をしていた。それからゆっくり頬を赤らめる。


 「……違うの。これは、違うの」


 真っ先に出てきたのは否定の言葉。

 恥ずかしさからくるものだろう。


 「ねえ、リエナ。一つ提案があるんだけど。もしも嫌なら断ってくれて構わないよ。だからとりあえず話聞いて欲しい」


 肩に手を置いて、真剣な眼差しを向ける。リエナは最初視線を泳がせて落ち着かない様子だったが、私の真剣さに当てられたせいか、しおらしくなっていた。それからゆっくりと頷く。


 「ヴァルカ村から出ない? ここにいたって私たちやりたいことできないよ」


 夢を否定され続けるのは良い。反骨精神を芽生えさせるから。だけれどこれは度が超えている。


 「ヴァルカ村から」

 「そう」

 「どこに行くの?」

 「……それはまだ決めてないけど」

 「そっか」

 「どうかな?」


 先を見据えていない非常にふらふらした提案。私からすればこの村は初戦ただの滞在しているだけの村。思い入れはない。さっさと出ていったってなんの惜しみもない。だけれどリエナは違う。これだけ敵意をぶつけられていても、彼女にとってはここが故郷。

 易々と捨てることは決められない。


 「まあゆっくり考えれば良いよ……」


 時間は必要。そう思った、のだが。


 「ううん。いい」


 リエナは首を横に振った。


 「いい?」

 「うん。私、ヴァルカ村から出る。セナがそうした方が良いって言うなら。出るよ」

 「でも」

 「ヴァルカ村を捨ててあの星に行けるなら。捨てる。どうせあの蒼い星に行ったら捨てることになるんだし」


 あとさき考えない無茶苦茶な提案。それなのにリエナはすんなりと乗っかった。そこには大きな信頼と信用が感じられて、ちょっとばかし重荷に思ったりもするが。


 あの蒼い星に行く。それは私ももう覚悟を決めていた。

 その夢に関して今更揺らいだりはしない。


 「じゃあ行こう」

 「うん」

 「この村を捨てよう」

 「うん」

 「準備を……しよう」


 この日、私たちはヴァルカ村を捨てるという決断をした。

 あの蒼い星へ行くために。

 

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異世界で宇宙を目指し異端児扱いされている少女と宇宙を目指す話〜空を夢見る少女と宙を夢見た少女〜 皇冃皐月 @SirokawaYasen

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