幸せ地元生活

 話すのはなんでもいいんですよね?

 秘密ってほど大層なもんでもないし、勝手な思い込みだったらそれで構わないというか。むしろその方が楽になるんでありがたい。

 ま、別に信じてもらえなくてもいいんですけど、もう一人で抱えるのはしんどくて……とにかく誰か、人に話したいんです。

 古い話じゃないです。ちょい前……一年位前なんですけど、聞いてもらえますか。


 俺は地元に長いこと住んでて、ていうか生まれてからよそで暮らしたことはないです。地元で生きて結婚して子供作って、死んでく、みたいな人生送ると思うんです。友人もたくさんいる。家族もいる。電車の本数は減ってるし、スーパーも車で10分はかかるし遊ぶとこはカラオケくらいなんだけど、それでも幸せなんですよ。

 だから地元をいつまでも大事にしたい。

 ――言葉にするとなんか恥ずかしいな……でも、昔っからそうなんです。

 困ってるやつがいたら俺にできる限りの助けをする。悪さする奴がいたら問答無用で追っ払う。自分なりの芯を持って行動して生きてきたっていう自信がある。俺は嘘はつかない。噓つきは死ぬほど嫌いだから。



 地元がなんかおかしいんです。

 治安が悪くなったわけじゃないのに事件が増えた。強盗とか詐欺じゃない。

 殺人ばっかり起こるんです。

 事件くらいたまにはあった。万引きとか飲酒運転はよその町と同じくらいの頻度で起きてた。

 ただ小さい頃から殺人なんて一度もなかった。なのに今じゃ月に一件は必ずある。しかもどの事件も犯人に動機がない。証拠はあるから冤罪じゃないと思う。でも普通じゃない。

 たとえば、近所で有名な仲良し夫婦の奥さんが朝のお出かけ前に玄関でキスしたあと、急に旦那を傘で滅多刺しにするとか……散歩中のお爺さんが自転車に乗った高校生に追突されて、倒れたところを馬乗りで顔中の骨が粉々になるまで殴られたり……

 異常なんですよ。どの事件も。一件起こっただけで全国ニュースになるような殺人がこの一年間で何件も起きてる。しかも頻度がどんどん高くなってる。

 みんな怖がって、引っ越しする人も実際増えてる。逆に新しく引っ越してくる人はまるでいない。町が、だんだん弱ってる。商店街の閉店も増えてきた。町全体の空気が静かに沈んでいって、もう酸素がないみたいな、暗く重たい感じがする。


 嘘が嫌いって言いましたよね。

 だから隠さず正直に言いにきたんです。

 俺のせいなんですよ、ぜんぶ。

 人殺しが大量発生してるの。俺が悪いんです。



 町の中心に■■っていう駅があるんです。その駅舎の横、北東側に20坪もないくらい小さな林――大小の樹木と笹を中心に腰の高さの下草が生えた藪がある。周りは駅以外も建物です。そこだけ整地を忘れたみたいにぽつんと植物が残ってる。フェンスも柵もないけど誰も入ったって聞かない。地元の誰も気にしない。人によっては存在すら曖昧になってるような、何でもない藪。俺もあるってことしか頭になかったです。


 忘れない。一年前の夜。べろべろに酔っぱらった深夜、■■駅近の居酒屋を出た俺は家まで歩き出した。千鳥足で、視界がふらついてたけど意識ははっきりしてた。春の夜風が酔い覚ましにちょうど良い。

 駅西からぐるっと回って踏切を渡り、シラフの数倍時間をかけてやっと藪の前まで来た。

 その頃の俺は歩いた振動で胃の中がかき混ぜられて吐く寸前だった。

 でも道のど真ん中で吐くのは気が引けた。トイレはない。コンビニは駅西に戻らなきゃいけない。できるなら家まで我慢したいがそれまで持ちそうにない。

 酔いのせいで考えるのもしんどい。俺は我慢できずにその場で吐いた。

 けど道に吐かず隣の藪に向かって吐いた。その方がマシだろうって。

 胃が落ち着いて少し冷静になり視野が開ける。

 目の前には自分の吐瀉物が掛かった、赤ん坊くらいの大きさの石があった。その後ろで、街灯で白く照らされた藪はどこまでも木と草が続いているかのように闇が入り組んでた。

 よく見ると石は人の形をしてた。本物の赤ん坊が手足を縮めて布にくるまれているような形の石。あまり見たことない地蔵だと思った。

 よくないことをしてしまった。素直にそう思った。

 掃除だ。綺麗にしなければと思ったけど藪の石を洗う男は時刻を考えると完全に不審者。それに酔いが酷くなってきてそれどころじゃないと頭痛がガンガン訴えてきた。

 その日、俺は自分を甘やかしてそそくさと帰った。

 二日酔いで目覚めた次の日。俺は地蔵に吐いたことをすぐ思い出し、掃除しようとブラシとかバケツを持って藪まで行った。

 自分の選択を後悔したのはこの時だけです。

 地蔵は道路側に倒れ大きく3つに割れていた。

 なんで倒れたのかはわからないです。もしかしたら誰かが触ったのかもしれない。でも前日、確実にあの地蔵に関わったのは俺だけ。俺のせいで汚れ、さらに割れてしまったと今でも信じてる。そして割れたあとから地元で事件が起きている。関係してないとは思えない。

 地蔵がどういうものかなんて知らない。古いのか最近のものかもわからない。藪もいつからあるかなんて誰も知る気がない。

 ただ、地元の町にはあの藪と地蔵がなければいけないと思う。なぜだかそう思うんです。変ですよね。




 話はこれだけです。

 ね。大した秘密じゃないでしょ?

 あ~話してスッキリした。

 ほんと、変ですよね。地蔵を壊したせいで殺人が起きるなんて、非科学的、意味が分からない。

 おかしいんです。俺自身があの時からおかしくなってる。

 もう戻れない。誰かたすけてくれ。

 この町から、抜け出したい。






 俺は死んでも地元が大好きです。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る