第32話 その先の真実2

 はっ。とひときわ大きな吐息がビゼルから発せられる。


「言うに事欠いて、オレが魔王を倒さないだと?」

「そうだ。お前は自分が勇者であり続けるために魔王を倒さない。だって魔王を倒してもお前には銅貨1枚も入らない。冒険者ギルドに書いてあった魔王討伐依頼はすべて勇者宛に書かれていた。非公認のお前が魔王を討ったところで、金は手に入らないんだ。それを知りながらにこんなところにまで来る理由は一つ。お前は魔王の力を駆使して、魔物に街を襲わせて、討伐対象にして仲間に魔物を倒させて賞金を稼ぐ。マッチポンプをやろうとしているんだ」

「え、ちょっと待って? 魔王の力ってどういうこと? そんなこと可能なの?」


 チェネルが慌てた口調で疑問を口にした。


「可能だよ。今のビゼルなら」

「はっ、なにを根拠に」


 僕はユフィアに聖剣の柄を向けた。

 彼女は握る。だが聖剣が現れない。


「ふはははっ! それでは魔王を倒すことはできまい? おとなしくオレに渡せ」


 ユフィアはシュンとした表情で僕の顔を見つめた。


「ほら。やっぱりね」

「なんの話だ? やはりオレが真の勇者であると言いたいのか?」

「【神の不正監査ステータスオープン】!」


 ステータスは現れない。僕の予想は十中八九当たっている。


「僕も彼女もスキルを使えない。冒険者ギルドでは使おうともしなかったから自分が使えなくなっていることに気付かなかったけれど、今改めて使ってみたらやっぱり使えない。崖に追い詰められたときユフィアは聖剣を出せなくなっていた。ビゼル、お前が居るとスキルを使えなくなる。どうしてだ?」

「知らんな。お前らが弱いせいだろう」

「スキルは体力にも魔力にも依存しない。己の体調は関係ない。外部からの影響を受けないとスキルが発動できないなんてことにはならない」


 例えばチェネルがスキルを封印されたように。


「オレがスキルを無効化をしているとでも?」

「いいや、そんなものじゃあない。お前は僕らのスキルを奪っているんだ。お前は冒険者ギルドでユフィアの【勇者適性モード・オブ・ブレイブ】を奪ったから聖剣の刃を出して見せることができた。そして、奪われた方はスキルを使用できなくなる」

「だとしたら、冒険者ギルドでのことをもう一度思い出すんだな。オレが聖剣を返したら、ユフィアはすぐさま聖剣の刃を出していただろう?」

「そう。お前がそのスキルを一度使うか、ある程度距離が離れれば使用が可能になる。そういうスキルなんだ」

「はっ。お前の推理が正しい前提で過去の出来事を嵌め込んでいるだけだろう。それではオレに【勇者適性モード・オブ・ブレイブ】がないという証明にはならん」

「それだよ」

「なに?」

「最近だろう。【勇者適性モード・オブ・ブレイブ】って言いだしたのは。お前はユフィアに出会う前まではずっと【勇者適性ゆうしゃてきせい】と言っていたな? 本当にそのスキルを持っているのなら、スキルの読み方がわからないわけがないんだよ」


 ビゼルは僕と違い、ガフの部屋でしっかりとスキルを吟味して手に入れたはずだ。一個一個のスキルを誰かが読み上げてくれるわけがない。おそらくは文字で書かれていたものを読む必要があった。たくさんあるスキルの中でやつは【勇者適性モード・オブ・ブレイブ】よりも良いスキルを見つけた。そして僕を信じ込ませるために【勇者適性ゆうしゃてきせい】を選んだと嘘を吐いた。さらに僕にハズレスキルを選ばせるために、弱そうなスキルを探した。そこで【神の不正監査ステータスオープン】を見つけた。いつ僕が同じ部屋に来るかわからない、焦った状況では【勇者適性モード・オブ・ブレイブ】の読み方までは覚えていなかったというわけだ。


「つまりお前は【勇者適性モード・オブ・ブレイブ】を持っていない。しかし使えたということは、奪ったということだ」

「あとから体得したのだ」

「あとから体得できるスキルなど存在しない。それに仮にできたのだとしたら、聖剣をユフィアから奪っているはずだ。お前の実力と論述をもってすれば容易に奪えるだろう。ユフィアは簡単に手放したんじゃないか? 冒険者ギルドではユフィアのために奪わないと言っていたが、詭弁だ。本当は、一度使ったら使えなくなり、自分のスキルの本性がバレるから奪わなかっただけだ」


 僕を睨んでいたビゼルだったが、その視線が緩む。ため息とともに嘲りが吐き出される。


「で? 百歩譲ってお前の言っていることが本当のことだったと仮定しよう。そのうえで、どうしてオレは魔王を倒さないということになるのだ?」

「順を追って説明するよ」


 僕はビゼル以外にも伝えるため、一度周りを見回した。


「聖剣は、魔王の【魔王レギュラリティ】というスキルが創り出したものだということがわかった」


 僕の言葉に、その場にいた全員が言葉を失ったまま目を見開いていた。


「僕は【神の不正監査ステータスオープン】で、物のステータスまで見られるようになった。聖剣のステータスを見たらそう書いてあった。【魔王レギュラリティ】は絶対的な力と魔物を屈服させる力を手に入れられる代わりに、必ず自分を殺す剣を創ってしまう。それが聖剣だ。つまり【魔王レギュラリティ】と聖剣はセットなんだ。だから聖剣のステータスを見ることで【魔王レギュラリティ】のスキル内容まで見ることができた。

 【魔王レギュラリティ】にはさらにマイナスの要素があった。魔物を殺すことができなくなるんだ。今そこにいる魔王はスキルを奪われているから魔王ではなくただの魔物になっている。そしてビゼルは【魔王レギュラリティ】を手にしているから魔物を倒せない。ビゼルが魔王を倒すには一度【魔王レギュラリティ】を使って魔王にスキルを返す必要がある。だがそうしたところで、絶対に倒せるというわけではない。なにせ【勇者適性モード・オブ・ブレイブ】も一度しか使えない。なにかの拍子に聖剣を取りこぼしてしまえば魔王に殺されてしまうだろう。そんな危険性を冒して魔王を討っても、銅貨一枚も手に入らない。ビゼルにとってはやる意味がないんだ」


 ビゼルは大仰に仰け反り、掌で両目を覆った。目も当てられないというのを体現しているつもりなのだろう。


「結局すべて憶測ではないか。ヴォルバントよ、まさか信用しているわけではあるまい?」


 僕はヴォルに向き直る。


「僕の言っていることが正しいかどうか、判断することはできないだろうから、まず聞いてほしい。今選択肢は二つある。一つはビゼルの言うことを信じ、僕を殺して聖剣を奪ってビゼルに渡すこと。もう一つはビゼルに一旦退いてもらって、ユフィアに【勇者適性モード・オブ・ブレイブ】のスキルを戻し、魔王を倒すこと。ビゼルは信頼に値すると言うのなら前者を選んでもらっても構わない。けれど、もしもやつの能力がスキルを奪う能力なら、聖剣をビゼルに渡した時点ですべてが終わる。勇者の力を持った魔王が聖剣を持っている状態。その上、みんながスキルを奪われているなら誰も太刀打ちできなくなる。対してユフィアに倒させる案なら、なんのリスクもない。彼女になんの野心も裏もないことは、長く一緒に居たあなたが一番わかっていると思う。僕のことは信じられなくても、彼女のことなら信じられるだろう?」


 ヴォルはまだ迷っている。だが、彼が僕を殺してまで奪うメリットはもうない。


「ビゼル。おめえが潔白なら、一度ここから離れてくれねえか。それでも二人のスキルが戻らねえなら、ロッフェの言い分は間違ってるってことだ」

「その必要はない。ロッフェを殺せばいいだけの話だ」

「元仲間だ。そう簡単に言うんじゃねえよ」

「そんなくだらない命など、斬って伏せればいいだろう。いつだって改革には犠牲が付きものなのだ。世界を正しい姿に変えるためには、仕方のないことだ」


 それを聞いてヴォルのこめかみが僅かに痙攣した。過去のトラウマを刺激されているのだろう。


「払わなくていい犠牲まで払うこたあねぇだろっつってんだ!」

「その犠牲に必然性があるかどうかはオレが決めることだ。お前はビゼル一行の一員なのだ。黙って言うことを聞いていればいい。オレは間違いなど犯さない。ロッフェと違ってな」


 ビゼルはパーティのみんなを仲間だとは思っていない。部下……いや従順な下僕だと思っているんだ。

 ヴォルはビゼルの方を振り返った。


「なんだその目は? オレに楯突こうというのか?」


 その問いに答えるように眼帯に手を伸ばした。


「ダメだ! ヴォル!」


 僕の叫びにヴォルの手は止まる。


「なんでおめえが止めるんだよ!」

「はっはっは! ロッフェにしては賢い選択じゃあないか。そうだ。仮にロッフェの言うことが正しいのなら大問題があるよなあ?」


 ビゼルが下卑た笑いを浮かべる。


「もうこの際だ。認めよう。オレのスキルは人のスキルを奪う能力だ。つまりさっきロッフェが言ったことはそのまま現実となる。オレは魔王の力も勇者の力も持っているのだ。聖剣はないにしても、それだけで充分強い。さらに、クレンから奪っている【冬枯れの木立に鳥はなしフォービドアリア】は、自分以外の魔法をすべて封じる。誰もオレには勝てん」


 ビゼルは肩を竦めた。


「魔王を倒さないというのも、ロッフェの言う通りなの?」


 チェネルが青ざめた表情で言葉を落とした。


「ああ、その通りだ」

「どうして!?」

「さっきアイツが言っていただろう? 金にならんのだよ金に。それに、今後の生活資金もなくなる。いいか? 魔王が死ぬということは魔物がいなくなるということだ。そうなればどうなる? 冒険者ギルドに来る依頼の量は激減する。特に狩人たちの依頼は半分を切るだろう。野生動物の駆除だけではやっていけん。食いっぱぐれないために安く受ける者も出てくるだろうな。そしたらいよいよ終わりだ。狩人たちの中から今度は、人殺しまで請け負う輩まで出てくる。魔王を倒さないと言うのは、世界に平穏をもたらさないということではない。これまで通りの生活を約束すると言うことだ」


 推測でしかないが、概ね当たっているだろう。僕もそんなような気はしている。けれど、それは消防団員が火事を起こしたり医者が病気をばら撒いたり警察が犯行を唆したりするのと同じことだ。


「仕事がないからと言って、無理矢理作っていい道理はない。それになにより、今まで嘘をついていたことに変わりはない」

「道理はあるさ。オレは誰よりも有能な人間だ。有能な人間は無能な人間を導かねばならん。代わりに無能な人間にはなにをやってもいいのだ。オレはお前のような無能な人間があたかもオレと同格のように振舞っていることに虫唾が走るのだ。本当はお前ら無能同士が殺し合うところを見たかったんだがなあ。オレが直接手を下そう。どうせお前らは敗北するしかないのだからな」

「そうだな、お前は僕のスキルを持っているからな。勝利は確定している」


 僕の言葉に、あからさまな嫌悪を帯びた表情になる。


「お前ごときのスキルが、なんだと?」

「そのスキルがなきゃ勝てないと言っている。或いは僕に使われたら負けてしまうと思っている。でなければさっさと僕に返しているだろう?」


 ここからビゼルのいる位置まではずいぶん離れているが、それでもこめかみに青筋を立てているのがわかった。


「ヴォルに僕を殺させることに固執しているのも、お前は無意識のうちに僕を恐れているからだ。村を出たのもそう。虐めていたのもそう。僕に負けてしまう恐怖心が、安易に僕を殺そうという発想に繋がっているんだ」

「安い挑発だ」

「挑発だとしたらなんだ? このままお前が僕を殺して勝利すれば、今の僕の言葉が事実であったことの証明になる」

「たかがステータスオープンの能力だろうが! 偉そうになにを——」


 僕は人差し指をビシッと立てて遮り、それをそのままビゼルに向ける。



「……お前はまだ、本当のステータスオープンを知らない」



 僕がそう言うと、ビゼルは鼻を鳴らした。


「よかろう。お前のスキルを使ってやる。そしてどれだけ無価値なスキルかをこの場にいる皆に教えてやろう。【神の不正監査ステータスオープン】!」


 ビゼルはおそらく目の前に出ているであろうステータスを見て、ニヤリと笑った。


「はっ! なにが【神の不正監査ステータスオープン】だ。なにが勝利確定だ! 自分のステータス以外見えないではないか! お前、今まで嘘を吐いていたな? 物のステータスどころか、他人のステータスさえ見えないではないか! こんな役立たずのクズ能力、喜んで返そう」


 僕はすぐさま口にする。


「【神の不正監査ステータスオープン】!」


 大丈夫だ。戻って来ている。

 ビゼルのスキルは【悪魔の舌打ちスナッチング】。予想通り、人のスキルを奪う。


「ヴォル、ユフィア、お前らはロッフェに騙されていたんだぞ? 怒りが湧かないか? 見えもしないステータスを見えているとほざいて、いいように扱っていたんだ」

「【悪魔の舌打ちスナッチング】」


 僕が言うとビゼルは目を見開いた。


「スキルレベルは1か。楽をすることばかりを考えていたからスキルレベルが上がらなかったんだな。そのスキルで奪ったスキルのレベルは、自分のスキルレベルに依存する。僕の【神の不正監査ステータスオープン】で自分のステータスしか見られなかったのはそれが原因だ。僕だって初めは自分のステータスしか見られなかった。それでも人のためになろうと仕事を教わり農作物を育てた。そしたらスキルレベルが上がって人のも見えるようになったんだ。対してお前は、人が生きていくために必要最低限の努力すらせず、人を使い、奪ったスキルで安穏と旅を続けていたんだ」

「ロッフェは、医者でも見抜けなかった病を見抜いた。わたしは信じる」


 ユフィアが前に出た。


「アタシの魔力が少ないのをいつも気遣ってくれた」


 チェネルが俯きながらも、強い声を発した。


「こいつは、俺の名を知っていた」


 ヴォルは冷静な口調だった。


「だからどうした! ロッフェの言うことが本当だったからと言って、それで、その【神の不正監査ステータスオープン】とやらでいったいなにが見えたというのだ?」

「お前がヴォルに負ける未来が見えたよ」


 そういうと、ビゼルは嘲笑を漏らす。


「はあ? よりにもよってスキルも持ってない脳筋野郎に負けるだと? このオレ、ビゼル・ダイヤモンド様がぁ?」


 ヴォルを見下した発言。それがそのまま、彼への合図になる。


「ヴォル、そういうことだ。あなたなら勝てる。いや、この場ではあなたしか勝てない」


 ヴォルはやれやれといった表情だ。結局僕は彼を頼るしかない。


「【神の不正監査ステータスオープン】がそう言っているのか?」


 僕は首を振る。


「いや、スキルはヒントをくれているだけだ。そのヒントを得て、どうするかを決めるのはいつだってこの僕だ。これは僕が決めた僕の言葉だ。あなたしか勝てないと、このロッフェ・ブルートパーズが言っている」


 ヴォルはふっと目を閉じ、それからゆっくりと開けて頷く。


「なら信じるぜ」


 ヴォルは大斧を持ち上げて、肩の上に置いた。ビゼルに向かって走って行く。

 対してビゼルは剣を抜いてその剣身に炎を纏わせた。それはさらに大きな炎になり、リーチを倍以上にしていた。だがあのリーチなら、間に合う。

 ヴォルは眼帯を外して放り投げた。

 一瞬、ビゼルは表情も変えず凍り付いたかのように止まった。

 そしてヴォルの大斧は振り下ろされ、肩から斜めに走った。持っていた炎の剣が落ち、音を立てた。

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