第三幕 それぞれの傷の先
第31話 その先の真実1
ヒワエ領の中心街から魔王の城までは当然ながら街どころか集落もない。だから基本的には野営をすることになる。3日間歩き続け、夜になったらキャンプを張って過ごした。そう、キャンプを張れたのだ。これには驚いた。人がいないと言うことはつまり、野生動物の縄張りがたくさんあると言うことだからだ。魔物でなくとも、
もしかしたら、この辺りは魔物の巣窟になっていて、野生動物も足を踏み入れない領域なのかもしれない。
そして、聖剣は相変わらず僕が持っているから魔物が僕らのことを認識できずに寄ってこない。それなら辻褄が合うような気がしたが、しかし一方で払拭できない違和感のようなものは常に在った。
本当だったら1週間以上は掛かったのではないかと思われる道のりも、たった3日で来られてしまった。だがさすがに魔王の城の中はそう言うわけにはいかない。僕とユフィアは正門からまっすぐ向かわず、横の狭い道を通って玉座を目指した。大所帯なら魔物と遭遇したときに戦うことを考えて広い道を行かなければいけないが、今は二人だ。狭い道の方が魔物通りも少なく、いざ遭遇しても逆に狭い道の利を生かした戦い方ができる。
しかし、それにしても遭遇しなさ過ぎだ。
狭い道が途切れて、大きな道に出なければならなくなった。さすがに鉢合わせするかもしれないと思って恐る恐る出てみたが、魔物はおらず、代わりに夥しい量の血痕が辺りに散らばっていた。
「魔物のものだな」
ユフィアが言った。大きな通路を振り返ってみると、死体の山ができていた。
「これはもしかすると」
「もしかするのだろうな」
僕らはメイン通路を走り出した。玉座までの最短ルートを通って。
辿り着いたその先にいたのは、やはりビゼルだった。うしろにはヴォル、チェネル、白髪白眼で痩せ型の女性と、ゆったりとしたローブに身を包んだ水色の髪と目を持つ女性が立っていた。
「遅かったじゃあないか。待ちくたびれたぞ」
その一言で、僕の予想がほとんど的中していることがわかった。
「魔王は?」
ビゼルは親指をうしろに向けた。
ビゼルの背後には、周りをガラスで囲われた魔王が無機質的な表情でこちらを見ていた。
「そのガラスみたいなものは?」
「我の【
白髪の女性がベリーショートを揺らしながら前に出た。白眼は感情の色を隠しているが、得意げになっているのが吊り上がった眉毛のおかげでわかった。
「ナズール。あれは、防御用の結界だったのではなかったか?」
ユフィアが疑問を口にした。彼女は一緒に戦ったことがあるからあのスキルの性能について知っているのだろう。
「確かに。おぬしと共に戦っていたときはそのようにして使っていた。【
ナズールは隣のビゼルを見た。やつは得意げにふんと鼻を鳴らした。
「ビゼルが我のスキルの可能性に気付いてくれた。だから魔王をこうして封じられたのだ」
言われてビゼルは口角を吊り上げ、腕を組んだ。
「仲間の潜在能力を引き出してやるのもリーダーの役目、というわけだ」
ユフィアは申し訳なさそうな表情でナズールを見ている。裏切った人間に対してまで罪悪感を覚えているのだ。
「さあ、聖剣を渡してもらおう」
ビゼルは手を前に出して、促した。
「聖剣がなくても倒せる、と言ってなかったか?」
「あれは聖剣などなくても魔王の城まで来られるという話だ。実際には聖剣でないと魔王を倒せない。だからユフィアがいきなり崖から飛び降りたときは実際焦ったよ。オレたちは魔王の城を目指す経路を大幅に変更して、川の流域付近を下るようにして向かうようにした。どこかに聖剣が落ちているかもしれないと思ったからだ。しかし、途中で立ち寄った村で、赤髪赤眼の女性と青髪青眼の男性が二人で旅をしていると聞いて安堵した。歩いて行った方向から推測するにきっとオレたちと同じく魔王の城を目指しているのだろうと推測して、急いで来たというわけだ」
ビゼルはなおも前に出したままの手を上下に扇ぐように動かしている。
「お前に聖剣は渡せない」
ユフィアの代わりに言った。
「そういうことなら、ヴォルバント、頼んだぞ。今度こそロッフェを始末しろ」
ヴォルは言われるままに前に出た。ヴォルが歩いてくるさなかにも、僕はビゼルに向かって言葉を放つ。
「シュベラはヒワエに捕まったぞ」
ビゼルは一瞬だけ眉根を寄せたが、すぐに表情を戻した。一方、横にいた青髪の女性は驚きを隠せないと言った様子で、ビゼルの方を見ている。どうやら、あの三領を出し抜いて大金をせしめていた黒幕は、ビゼルで間違いないようだった。
「ビゼル……?」
「今はそのようなことで狼狽えている場ではない。弁えろクレン」
彼女がクレンさんか。クレンさんはなおも食い下がる。
「ですが」
「彼女は自分の身を挺してオレたちの旅を支えてくれたのだ。今さら退いて、彼女の気持ちを無駄にしろというのか? クレン、オレはお前がそのような女だったとは思わなかったぞ」
相変わらず、言いくるめるのが上手いやつだ。
「ヒワエ領の方々には、処刑は待つように言ってある。必ず組織立った犯行だから、共犯者或いは主犯格を捕まえるまでは、待った方がいいと。今すぐ行けば仲間の命を助けられるかもしれないぞ。今までお前のために、ヒワエ、コホギ、アームルの三つの領地から金をせしめていた献身的な確信犯だ。すべての罪を背負わせるのはあんまりじゃないのか?」
ビゼルに対して言ったにも関わらず、クレンさんは短く何度も頷いていた。
「クレン、惑わされるな。もとよりシュベラは、我々に魔王を討って欲しいという強い願いがあったからあの役を引き受けてくれたのだ。ここで引き下がれば、彼女の願いも潰える。それに、我々が魔王を討ち真の勇者として弁明を試みれば、シュベラの無実が証明される。そうすればヒワエも考え方を改めるだろう。もとより我々はなにも悪いことなどしていないのだ。彼女を本当の意味で助けたいのなら、そうすべきだ。それに彼女の村を貧困から救うためにも、我々が魔王を倒す必要があるのだ」
クレンさんはビゼルの強硬な態度に、諦めたのか引き退ってしまった。シュベラもまた已むに已まれぬ事情があり、ビゼルはそれに付け込んだのだ。クレンさんは心からシュベラを救いたいと思っていたに違いない。だからビゼルが行った犯罪行為に目を瞑ったのだろう。さもなくば、人の好さそうな彼女が許すことはなかっただろう。
ヴォルが目の前に立ちはだかった。
「シュベラってのは聞き慣れねえ名前だが、一体なにがあったんだ」
僕はこれまでの経緯を、順を追って説明した。
「じゃあその傷も、シュベラに付けられたの?」
チェネルが僕の腹に巻かれた包帯を指して言った。
「そうだよ」
僕は腹の、まだ塞がり切らない傷を撫でた。包帯越しにもわかる、ケロイドの感触。
「刺されたとき、本当に死ぬかと思った。ドボドボと血が止まらなくて恐怖で涙が溢れてきた。でも、実際に減っていた体力はたったの100程度だったんだ。ヴォルはあのとき僕の7倍以上のダメージを受けていた。本当に死んでしまうと思うほどに痛かったんだよね。前線で戦い続けていた、ケガにも慣れていたあなたが、恐怖するほどの痛みだ。僕なんかは死んでも味わえない痛みと恐怖だっただろう。そんなあなたの悲痛な叫びを無視してしまった。痛みも恐怖も数値化されないから。見えているものだけを追い求めて、見えないものはわからないと無視してしまったんだ。それがどれほどの絶望感を与えたのか、想像することもできない」
僕はヴォルに謝らなければならない。
「ヴォル、あなたが謝罪を嫌うことは知っている。けれど謝らせてほしい。本当にすみませんでした。許してほしいとは言わない。けれど戻ってきてほしい。虫のいい話だけれど、僕一人では太刀打ちできないんだ。頼む」
「なんでこの期に及んで魔王を倒すのにこだわるんだ? なんでユフィアじゃなけりゃダメなんだ? ビゼルでもいいんじゃねえのか?」
「三つの領地を金儲けのために巻き込んで、献身的にパーティを支えてきたはずの仲間を助けに行かないようなやつは、勇者を名乗ってはいけないと思う」
これにはビゼルが
「なんだそれは。今さら勇者の定義付けか? それよりもさっきからまるでオレが犯罪を企てたように語っているが、それすらも証明はできまい? まさか先ほどのオレとクレンの会話が決定的な証拠だとでも言うのか? 確かにシュベラは仲間だ。オレたちを支えてくれていたかけがえのない仲間だ。それは認めよう。だが、お前の的外れな推理を真に受けたバカな領主どもが勘違いでシュベラは捕まってしまっただけで、彼女は悪いことなどしていない。お前を刺したと言うのも、ユフィアと口裏を合わせておけばいくらでも吐ける嘘だ。金品を受け取った証拠もなしに、決め付けるとはな」
「物証は挙げられないが状況証拠ならある。お前は冒険者ギルドで言っていた。自分は勇者としての扱いを受けていないからみんなと同じだと。苦労をしていることをアピールしていた」
「それがどうした? 本当のことだ」
「だったらどうしてお前はそんなにも豪奢な鎧を着ていられる?」
冒険者ギルドで再会したとき、違和感はあった。
「僕はそのとき冒険者ギルドに登録する前だったからわかっていなかった。だから、ギルドの依頼をこなせばそれなりに稼げるのだと思った。しかし、ユフィアたちと旅をしていたときに、そんな贅沢はできないと思い知った。冒険者ギルドが経営する宿や食事にタダでありつける勇者一行ですら、だ。なら、ただの冒険者がそんな贅沢をできるわけがない」
ビゼルは僕を睨みつけるだけでそれ以上言及してこなかった。おそらくさらにボロが出ることを恐れたのだろう。
「そういうズルい奴だから、やめておけってことか?」
ヴォルが話を元に戻した。
「いや、それ以前の問題だよ。ビゼルに聖剣を渡しても、やつは魔王を倒さない」
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