第33話 その先の真実3

「あっ? ……ばぁっ!?」


 豪奢な鎧ごと潰し斬るような一撃は、骨をも砕いたようだ。血飛沫と共に崩れ落ちたビゼルは起き上がることすらできない。


「な、なにが」

「【眼楔ヘジテイション】」

「なんだそれは!?」

「ヴォルのスキルだよ」

「なんだと? こいつにはそんなスキルなどなかった。いや、そもそもスキル自体がなかったはずだ」

「【眼楔ヘジテイション】は左目が合った者の動きを0.5秒止める。ただし任意のタイミングで出せるわけじゃあない。左目が合った瞬間に勝手に発動してしまう自動発動型スキル。だからヴォルはいざというときに使うために左目を眼帯で隠していたんだ」


 ビゼルの目が見開かれている。


「冒険者ギルドでお前と目が合ったとき、僕は一瞬体が動かなかった。お前に対する苦手意識がそうさせたのだと思っていた。でも、実際はあのとき、盗んだヴォルのスキルが発動していたんだ。お前も知らない間に」

「だとして、なぜ、オレに、この男の、攻撃が、通用した。オレは、【魔王レギュラリティ】の、スキルを、持っている。誰も、殺せん」


 魔王は勇者しか殺せない。だからヴォルの一撃で死ぬことはない。


「なぜか。【勇者適性モード・オブ・ブレイブ】のスキルを一緒に持っていたからだ。勇者としての行動が魔王を死に至らしめるわけだから、攻撃を受けるという行為そのものも勇者としての行動という判定になる。二つのスキルを有している時点で、誰からの攻撃も通用する体になっていたというわけさ」


 これに答えず、ビゼルは浅い呼吸のまま虚空を見つめている。このままだとおそらく死ぬ。


「クレンさん」


 僕が呼びかけると、一瞬遅れて水色の瞳がこちらを見た。


「ヒワエ領に残してきたシュベラのことが気掛かりなんじゃあないですか?」


 彼女は神妙な面持ちのまま大きく頷いた。


「ビゼルを連れてヒワエ領に行ってください。彼が主犯格であったことを言えば、彼女の罪が軽くなるかもしれない」

「私が言うことを信じてくれるでしょうか?」

「シュベラはともかく、あなたは元々ユフィアの仲間ですよね? ユフィアの名前を出せば信じてもらえます。とは言え、この件にユフィアは関わってないことは明確にしておいてほしいのですが」

「お約束いたします」

「我も行こう」

「おいちょっと待てよ!」


 ナズールの前にヴォルが立ちはだかる。


「お前が離れたら魔王が出て来ちまうだろう!?」


 彼女はため息をつく。


「貴様は彼の話を聞いてなかったのか? 今は我のスキルではなく、ビゼルのスキルとして発動しているのだ。我がいようがいまいが関係ない」

「あ、そうか。ん? いや、でも、ビゼルを運んだあとにもう一回スキルで魔王を封じれるじゃねえか」 


 ヴォルは食い下がるが、残念ながら見当違いだ。


「おそらく2度目は通用しないだろうと思うよ。彼女のスキルは決まれば絶対的な効果を発動するけど、決まらないと思う。そもそもビゼルの【悪魔の舌打ちスナッチング】で魔王のスキルを奪ったから、ナズールさんのスキルが決まったんだと思う。ビゼルがいない状態では無理だろう」

「じゃ、じゃあ、ビゼルを連れて行かずに——」

「ビゼルが死んでしまうよ」


 ヴォルが息を詰まらせたように固まった。


「ちなみにクレンさんに離れてもらえればチェネルが魔法を使えるから、ビゼルを回復させることができるけど、そうすると勇者と魔王の力を持ったまま、さらにヴォルの【眼楔ヘジテイション】が効かない状態で立ち上がることになる。そうすれば今度こそ詰む。なによりチェネルの魔力がもったいないし、今は三人とも離れてもらった方が良いんだよ」


 ヴォルは深々とため息を吐いた。


「じゃあ、魔王はどうすんだ?」

「倒すよ。こっちには勇者がいる。本物の」


 僕はユフィアを見た。


 正直、ずっと彼女を頼らずにいられたらどれだけ良いかと思っていた。人々から期待を背負わされて、仲間に裏切られてズタボロになった彼女を、救いたいと思っていた。甘えさせてあげられるようにしたいと。けれど、ビゼルを倒すのをヴォルに頼んだように、魔王はユフィアしか倒せない。


「ごめん、お願い」

「謝らんで良い。それがわたしの、そして君の役割だ」


 前にもこんな会話をしたな。

 でも多分あのときよりは少し前に進んだ「ごめん」だ。

 クレンさんとナズールがビゼルを運んでいくと、ユフィアの聖剣に刃が出現した。

 魔王を囲っていた【絶対不干渉領域フォルトレスバリケード】も消え、禍々しい魔力の胎動が空間を圧迫した。魔法を放ってもいないのにこのプレッシャー。なるほど、バランス調整のために聖剣が自動生成されてしまうのも頷ける。


 などと感心している場合じゃない。


「チェネル! ユフィアに敏捷バフを!」

「あいよー!」


 小さな体躯で身の丈を越えるポールウェポンをクルクルと回す。

 しかしそれよりも早く魔王の火球が飛んでくる。ノーモーションで繰り出してくるのか!


「避けろ!」


 僕が叫んでも彼女は避けず魔法の発動を優先する。代わりにヴォルが身を挺して彼女を守っていた。


「ヴォル」


 彼女の覚悟と彼の行動に、思わず声が漏れた。

 チェネルは止まることなくポールウェポンを回し、地面にトンと立てる。


「“紫電疾走パープルランナー”!」


 ポールウェポンから魔法陣が広がり、電気がユフィアの足めがけて飛んでいく。電気をまとった彼女の敏捷が上がった。

 ヴォルの体力は今ので激減した。この前追い詰められていたときよりも、体力は少なくなっている。次に攻撃を受けたら間違いなく死ぬ。

 僕はユフィアを追って走りだした。自分の生き死にを問わないのならヴォルの代わりに一撃くらいは耐えられる。

 そんな僕の隣をヴォルが並走していた。


「ヴォル! ダメだ! 下がってくれ、死ぬぞ!」

「はっ! 聞けねえな! 誰だと思ってやがる、俺は勇者ユフィア一行の盾、ヴォルバント・マグネタイトだぜ!」


 そう言って僕よりも早く駆け抜けていく。僕よりも大きな体で。

 魔王はまたしてもノーモーションで魔法を繰り出す。今度は無数のナイフだ。ヴォルは大斧でガードしながらユフィアの盾となって前を走る。ダメだ。避けきれない。死ぬ。


「ヒール!」


 チェネルの声が冴えた。

 彼女のヒールが間に合ったか。ヴォルはギリギリで耐えたが、そのまま崩れ落ちた。

 走りながらチェネルを見る。魔力はもう尽きかけている。あの状態で放てる魔法はない。

 僕はさらにペースを上げる。

 ユフィアに追い付いて、前に出る。


「次、合図したら僕の背中を蹴って跳んで」


 おそらく魔法がまた来る。ノーモーションで。だが次の一撃さえユフィアが喰らわなければ聖剣を届かせることができる。


「そんなことをしたら……!」


 僕は被弾する。間違いなく。そしたら死ぬだろう。ヴォルですら2発耐えられない魔王の攻撃だ。僕なんか一撃でオーバーキルだろう。けれど、だけれども。

 ここ一回だけ僕は嘘を吐く。


「【神の不正監査ステータスオープン】で見た限り大丈夫だ!」


 仲間になる前、ヴォルは言っていた。僕が噓吐きだと。戦闘中に嘘を吐かれたらたまったもんじゃないと。そんなことはしないと思っていた。ちゃんと自分の見たものを間違いなく伝えると。でも、目で見た事実より、その先にある真実が大切なら、僕は虚構を使ってでもそれを手に入れたい。


「でも!」


 ヴォルでも二発でやられたのだ。僕が一撃も耐えられないことを、わかっているんだろう。しかし退くわけにはいかない。


「僕は、あなたを守るために生まれて来たんだ! どうか僕が生きて来た意味をなくさせないでくれ!」


 この言葉がどれだけ彼女の心を抉るかわかっている。僕は最低だ。クズだ。ゴミ野郎だ。でも、それでも、彼女が勇者として魔王を倒してこれまでの人生無駄じゃなかったって思えるなら、前を向いて歩いて行ってくれるなら、僕は悪魔でも構わない。彼女の心のやわらかいところに爪を立てて、僕を殺してと笑う悪魔。彼女のトラウマとして生きながらえる最低のゴミクズ悪魔だ。


「来るぞ! 跳べ!」


 僕の掛け声と共に彼女の気配が背中から消えた。同時に、目の前が明るくなった。魔王の魔法。火球か。わからない。でも多分死ぬ。けれど今思うことは。

 肩にユフィアの足が乗る。そして、突き放される。

 生きていてほしい。ずっと生きていてほしい。僕のいなくなって世界でも、愛していってほしい。僕は来世で必ずあなたを思い出すから。

 跳んだ。

 ユフィアが跳んだ。

 僕の期待とみんなの命を背負って、誰よりも重くなった心のままで、跳んだ。


「いっけぇえええええええええええええええええええええええええええーー!!」

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