第23話 追放:ロッフェ・ブルートパーズ4

 くだんの女性は、自宅で死んでいたのを婚約者の男の人に発見されたらしい。

 家の前にその婚約者らしき男性が立っていた。ボウッと遠くを見ている。完全に放心状態だ。セオリーとしては第一発見者を疑うべきなのだろうけれど、婚約者を亡くして茫然自失の彼にそんなこと聞けるわけないよな。探偵ものの主人公たちはみんなサイコパスなんじゃないか。


「ザエン」


 呼ばれた婚約者のザエンさんはハッとしてこちらを見た。


「えっと、こちらの方は?」

「ロッフェ・ブルートパーズです。隣はユフィア・ガーネット。ラトムさんから今回の事件について調べるように言われて来ました」

「え? なんで部外者のあなたたちが!? ラトムのおっちゃん、なんでだよ!」

「部外者だからだぁ。俺らじゃみんなを平等に疑えねえだろう」

「だからみんなを疑う必要なんかないんだって、転候士てんこうしのやつがやったに違いないんだって!」

「おめえさん忘れたのか? テスモさんが来たのはつい最近だ。だけんど、ありゃあ死んで1週間は経ってる。テスモさんには無理だ。だから、冷静に見られる人にお願いしたんだぁ」


 ザエンさんはグッと拳を握ってそれから深々とため息をついた。


 死体のある部屋に案内される。

 扉を開けた瞬間に異臭が漂った。これは死体が腐敗しているにおいなのか。考えてみれば僕は魔物や動物の死体はごまんと見てきたけれど、人の死体を目撃するのは初めてかもしれない。現世では。

 ユフィアも同じようなものだとしたら、精神的なショックを与えてしまうことになる。僕はユフィアに来ない方が良いと目で合図を送った。「なぜだ」と視線を向けられたので「外を見張っていてほしい」と向け返した。彼女は頷いてその場に立ち、背を向けた。


 ザエンさんとともに中に入り扉を閉めた。扉がカタカタとなる。隙間風かな。僕は少しの違和感を抱きつつ、死体に近づいて行った。


「これは……随分経ってますね」


 死体そのものは損壊してはいない。が、屍臭から内臓の腐敗が窺えた。

 後頭部から多く出血したらしく、死体の頭の近くの板張りの床が赤黒くなっていた。そのうしろには小さな机があり、その角にも血痕がある。どうやらそこで頭をぶつけたらしい。

 死体に近付いてみても、他に死因となりそうな傷跡はなかった。揉み合った際に押し倒され、そこで頭をぶつけたのか。だとしたら明確な殺意のない犯行だろう。

 殺すつもりはないのに殺してしまったと言うのなら、仲の良い村人同士でも起こりうる事故だ。


「不躾な質問で申し訳ないのですが、ザエンさんは婚約者の方を発見するのにどうしてこれほど時間がかかってしまったのでしょう? 毎日会っていないのですか?」

「俺は飛脚をしていまして、最近ヒワエ領主からの仕事を頻繁に受けるようになって、忙しく飛び回っていました。だから、多分1週間くらいは村を留守にしていたんです」


 なるほど。だからテスモさんの歓迎会にも彼の姿はなかったのか。


「俺が……俺がそばに居てやれなかったから」


 彼は涙を滲ませて口を結んだ。

 やっぱり事情聴取は精神的にくるな。心情的に彼が犯人なわけがないと思ってしまっている。こんなバイアスが掛かった状態ではこの事件を冷静に見ることができない。


「おつらいでしょう。またなにかあったら聞きますので、部屋の外に出ていてください」


 僕の声に小さく頷いて彼は部屋の外に出た。

 死体にさらに近づく。もしも揉み合ったのなら、爪の間に繊維屑が挟まっていたりするだろう。指先を観察すると、やはり繊維屑はあった。しかしながら、前世と違ってここにはその繊維から犯人を特定する術などない。まして、みんながみんな同じような生地の同じような色の服を着ているから、目視では到底分からない。

 だけどこの手。なにか違和感があるな。ものすごく固く握られている。と、よく見たら手に切り傷のようなものがあった。出血するような大きなものではなくて、本当に小さな小さな傷。それは手の内側に続いているように見えた。

 僕は恐る恐る指をほどいてみた。

 手の中に握られていたものを見て電流が走った。


 いや、だが、しかし。……まだ早計だ。


 これが犯人を指し示しているとするのなら、トリックが必要になってくる。アリバイトリック。これを解き明かさなければ、まだ犯人は断定できない。

 僕は一旦この部屋を出ることにした。いかんせん屍臭が気になって集中できない。

 部屋を出るとユフィアが待機していてくれた。ザエンさんはラトムさんと一緒に帰ったようだ。泣いている彼を見て、ユフィアが気を利かせたらしい。


「無理もない。婚約者を殺されたのだからな。ところでロッフェ、すごい汗だぞ。大丈夫か?」


 え、汗?


 見ると服が湿っていた。廊下の温度が心地よく感じた。

 どうやら初めての腐敗死体に気が動転していたらしい。緊張して熱が上がっていたのかな。

 ユフィアが心配そうな面持ちで僕のおでこに手を当てた。気持ちいい。


「熱はないようだな」


 ……熱は、ない?


 僕は慌てて部屋に戻る。


「【神の不正監査ステータスオープン】!」


 ダメ元だ。でも今の僕なら見ることができるような気がした。この部屋の違和感の正体を。

 この部屋のステータスがつまびらかになる。

 そうか。そういうことだったのか。


 謎はすべて解けた。


 僕は死体の方を向いた。表示されたステータスバーには『死体』という表記。確かにあったはずの名前、年齢、性別その他諸々が、その一言で片付けられていた。彼女は、自分にはもう名前すらないのだという事実を知っても、悲しむことさえもできない。いやその前に、事実を知ることさえできない。

 だからその事実を知った僕が彼女の代わりに涙を流すことにした。悲しいだなんて、そんなことを思う権利すらない部外者の僕だけれど、このスキルが言い訳になってくれるだろうと思ったから。哀悼の意を表明した。

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