第24話 追放:ロッフェ・ブルートパーズ5

 村の人を集めて、僕の推理を説明することにした。


「犯人はあなたです。テスモさん」


 僕は単刀直入に彼を指差した。


「は……?」


 キョトン顔である。


「え、いやちょっと待ってくださいよ! 村の人たちの意見を聞きましたか? 彼女が死んだと思われる日に、私はまだこの村に来ていない。来ていない人間がどうやって殺害するんですか!」


 僕は想定の範囲内の反駁を無視してユフィアに視線を向けた。


「昨日と今日とで大きな違いがあるんだけれど、わかるかな」


 ここは死体のある部屋の前の廊下だ。昨日、ユフィアに待っていてもらった場所。そこにしばらくの間立っていた彼女なら、わかるはずだ。


「失礼なことを言うが、なんだかにおうな。昨日はここまでにおってこなかったのに」


 そうだ。これがアリバイトリック。


「テスモさん、あなたが【晴雨雪雷ヘザーウェザー】でこの部屋の空気を操っていたからですよね?」


 彼は目を見開いた。


「僕の【神の不正監査ステータスオープン】は、人や動物や物のステータス……つまり状態を見ることができる。あなたのスキルが【晴雨雪雷ヘザーウェザー】だということも、その内容もわかっています」

「私のスキルは確かにそうだが、しかし、部屋の空気を操るなど」

「できます。僕のスキルはそこまで詳細に見ることができます。嘘をついてもバレますからね。あなたのスキルは確かに天候を操るものだ。大規模なものと解釈されている。しかし実際は、環境を限定すれば温度、湿度、風向きなどを細かく設定することができるんです」

「だからどうした。風向きが変わって、それでなにができるというんだ」

「風向きを変えたのは腐敗臭を部屋の外に逃さないためです。この家の裏側は森になっている。そちら側ににおいが流れるように風向きを作った。この部屋に入ったとき、扉がカタカタと鳴りました。部屋の中の窓は空いていないのに隙間風が入るなんて変だなと思ったんです。けれど、それだけではただの隠蔽工作。死体が見つかるまでの時間稼ぎにはなるけれど、死んだ時間をズラすことはできません」

「やっぱりできないんじゃないか」

「ええ。風向きだけではね。だからあなたは、温度と湿度を上げた」


 彼は歯を食いしばっている。ここまでバレているとは思っていなかったのだろう。


「今はもう平常通りだ。おそらく死体が見つかって騒ぎになったあと、僕らが帰ったのを見計らってスキルを解いたのでしょう。だからここまで屍臭が漂ってきている」


 僕はあのときの汗のことを思い出しながら説明していく。


「僕がこの部屋を訪れたとき、隙間風以外にも違和感を覚えたことあります。それが汗です。僕は異常に汗をかいていた。最初は慣れない死体に緊張していたためかと思いましたが、僕の体温はそこまで上がっていなかった。それに、廊下と部屋の中での寒暖差を感じました。これは明らかに部屋の温度が高かった証拠です。また、異常な汗は湿度のせいでもあります。湿度が高いと、汗は乾きにくく衣服が湿りやすくなるのです」

「勘違いでは?」

「僕は部屋に【神の不正監査ステータスオープン】を使いました。明らかに温度と湿度が上がっていましたよ。それに風向きも一定だった。これが、死体の腐敗を早まらせ、自分を容疑者から外したトリックです」

「なるほど確かにそれなら死んだ日時をズラすことは可能かもしれませんね。ですがどうして私がそのようなことをするんですかね? この村のみなさんは私のスキルをご存知だ。ロッフェさんのように詳細までわからないにしても、部屋の温度がおかしかったら、さすがに私が疑われるのではないですか? もしも私が犯人だったとしたら、そんなことはしない」

「それがするんです。いえ、するしかなかった。あなたの転候士てんこうしのバッジを取り返すためには」


 僕は彼の胸の辺りを指した。


転候士てんこうしのバッジはどうされましたか。今日も付けていませんよね? 確か、歓迎会のときにも付けていませんでしたよね」

「あらぁ、確かに、おらが言ったら家に置いてあるって」

「しかし実際は、家ではなく彼女の手の中にあった。あなたは、ラトムさんに指摘されたとき、彼女と揉み合ったときのことを思い出した。宴会が終わってから急いで彼女の部屋に行ったが、そのときすでに死後硬直が始まっていた」

「死後硬直?」

「死んで筋肉が固まっていく現象のことです。それゆえ、彼女の指を開くことができなかった。緩解かんかい……死後硬直が解けるまでには、時間がかかります。今の季節なら3日と言ったところでしょうか。あなたはその緩解を早めるために温度を上げた。もちろん、厳密にどれくらいの温度なら早く解けるなどという知識などないでしょうから、暖かい方が早く体がやわらかくなりそうだという感覚的な理由でやったのでしょう。そしてその感覚は当たった。彼女からバッジを取り返したあなたはそこでふと思った。いずれにせよこのままでは自分に疑いの目が向けられるのではないか。この村の人々の結束は硬い。引っ越してきたばかりの自分が疑われるに違いない。そう思ったあなたは、部屋の温度と湿度を上げて、死体の腐敗を早めた。自分が引っ越してくる前に彼女が死んでいたとなれば、容疑者から外される。部屋の温度が高いと気付かれても、死体を見つけたときはパニック状態だ。部屋の温度というより自分の体温が上がっていると勘違いする可能性の方が高い。実際部外者の僕でさえ自分の体調がおかしいのだと勘違いしたわけですし。あとからスキルを解いても、誰もが自分の勘違いだったと思うことでしょう。僕のようなスキルを持つ人間がいるとは夢にも思わなかった。だからあなたは何食わぬ顔でみなさんとの生活を続けられていたわけだ」


 そこまでいうとテスモは乾いた拍手を響かせた。


「いやいや、実に素晴らしい作り話ですね。あなたがさっきから言っていること、すべてが口から出まかせの可能性があるし、そうではない証明はできないでしょう? なんですか、【神の不正監査ステータスオープン】って。それが正しい証拠は? ただスキルの名前を言い当てることのできるスキルなのかもしれませんよ?」

「僕のスキルの証明は、確かにできません。ですが、あなたが犯人だという証明はできます。バッジを見せてください。もしもそのバッジがくしゃくしゃに折れ曲がっていたら、あなたの犯行を証明することになる」


 彼はおもむろにポケットからバッジを取り出した。


「おお……」


 村人たちがざわついた。バッジが折れ曲がっていたからだ。


「だから! なんだって言うんだ! これは私がうっかり踏み付けてしまったからこうなっただけだ! そう、引越しのときにね!」

「へえ、じゃあその三つあった星が二つに減っているのもそのときに?」


 さらにざわめきが強まる。

 僕は扉を開けて死体へと近づいて行く。


「あなたはパニック状態でバッジを取り返すことに夢中になっていて、よく見ていなかった。それに、くしゃくしゃのバッジを村人に見られたくない思いから、ポケットの中に入れたまま改めて見返すことはなかった」


 僕は膝を突いて、死体の指をほどいた。


「だから、彼女の手の中に星が取り残されていることに今の今まで気が付かなかったんです」


 死体の手から星を取り出して掲げた。

 テスモはガックリと肩を落とし、そのまま膝を突いた。

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