第21話 宰相の妻は客人に会う③


 ハーバーさんが用意してくれた紅茶を、リシャルト様とエルウィン様の三人で美味しく頂き、気がつけば一時間ほど経過していた。

 新聞の見出しにも書かれていたが、エルウィン様は先日まで隣国に行っていたそうで、その話を聞いていたらあっという間に時間が過ぎていったのだ。


「そろそろお暇するとしようか」

 

 キリがいいところまで話すと、エルウィン様は軽やかに立ち上がった。


「お話、ありがとうございました。とても面白かったです」


「いやいや、俺も楽しかったよ。兄上はもったいないない女性を振ったもんだ」


「キキョウを振ってくれて、僕はアルバート殿下に感謝しかありませんがね」

 

 エルウィン様からとても貴重な国外の話を沢山聞けた。それに、彼の話し方は惹き付けられるものがあって、夢中で聞いてしまった。

 主に外交を担当しているだけあって、コミュニケーション能力が高いのだろう。羨ましい。ちょっとその能力を分けて貰えないだろうか。


 エルウィン様の帰りを見送ろうと、私とリシャルト様も続いて立ち上がったその時。ハーバーさんが客間にやってきた。


「リシャルト様、お話中のところ申し訳ありません。仕立て屋から使者が来ておりまして、至急確認したいことがあるとのことです」


「分かりました」


 リシャルト様はそう返事をすると、申し訳なさそうな顔で私たちの方へ向き直った。


「エルウィン殿下、本日はご足労頂きありがとうございました。すみませんが、僕は席を外しますね。キキョウ、見送りをお願いできますか?」


「分かりました」


 リシャルト様は早足で客間を出ていく。仕立て屋ということは、ドレス関係の話だろう。

 というか、リシャルト様に何かを任される、ということは初めてのことではないだろうか。小さなことではあるが、リシャルト様に信頼されているように感じて少し嬉しい。


「では宰相夫人? 見送りを頼めるかな?」


 にっといたずらっぽくエルウィン様が笑う。

 そのノリに、私ものることにした。

 エルウィン様と同じようにいたずらっぽく笑う。

 

「かしこまりました」



 ◇◇◇◇◇◇



「いやー、それにしてもリシャルトが結婚するとは思わなかった」


「そんな不思議ですか?」


 エルウィン様と玄関までの道のりを歩きながらとりとめのない話をする。

 不意に振られた話題に、私は首を傾げた。

 リシャルト様は宰相閣下だし、公爵家の跡継ぎだし、優しいし、イケメンだからモテそうだ。だから結婚するとは思わなかった、と周囲に思われていたとはいまいち納得がいかないのだけど……。


「まぁね。想い人がいるとは昔から噂されていたんだけど、基本リシャルトは冷たいから」


「リシャルト様は冷たくなんかないですよ」


 私は思わずエルウィン様の言葉に反応してしまった。

 リシャルト様が冷たいなんて、そんなことはない。

 いつだって、私に優しく接してくれるし、屋敷の使用人にも慕われている。そんな人が冷たいわけがない。


「へぇ、あいつは興味がない相手には冷たい人間なのに……。あなたは、相当リシャルトに好かれているんだね」


「え……」


 エルウィン様の言葉に、今度はポカンとしてしまう。

 リシャルト様が私を好いている?

 確かに、リシャルト様の今までの言動を見るに、私はリシャルト様に好かれているんだろう。大切にします、とこの間のデートでも言ってもらった。私のドレス姿に、とても喜んでくれた。

 

 だけど、そういえば、と思い至る。


 私、リシャルト様から好きって言われたこと、なくない?


 いくら思い返しても、リシャルト様から直接的な好意を伝える言葉を言われた覚えがなかった。


「どうしたんだい?」


 玄関までたどり着いたというのに、考え込んでしまっている私に、エルウィン様も足を止めた。


「いえ……。そういえばリシャルト様に好きって言われたことないな、と思い至りまして……」


「……はぁ?」


 エルウィン様の間の抜けた声を聞いて、私はしまったと思った。

 何を馬鹿なことを言っているんだろう。エルウィン様とこの一時間で打ち解けたとはいえ、こんな悩みなんて王子に話すべきことではなかった。


「あいつ……、さっきだって俺に色々牽制したりしてきたくせに、なんで肝心なことを本人に言っていないんだ……」


 何故かエルウィン様はぶつぶつ言って、片手で頭を押さえている。

 一体どうしたと言うのだろう。


「あのね。それは――」



「エルウィン殿下――……」



 エルウィン様が何か言いかけたところで、離れたところから声が聞こえてきた。声の方へ顔だけ振り返ると、リシャルト様が私たちの方へ向かってきているのが見えた。

 仕立て屋との用件が終わったのだろう。

 エルウィン様はリシャルト様の姿を認めると、すぐに視線を私に戻した。


「――さっきのことだけど、本人に聞いてみるといいよ。キキョウ」


「……え」


 エルウィン様は一言そう言うと少し腰をかがめ、私の頬に軽くキスを落とした。


「は……っ!?」


 なんだ!? なぜ頬にキス!? 挨拶か!?

 残されたのは完全にパニックの私と、


「なっ! 何しているんです、エルウィン殿下!!」


 珍しく強い語気でこちらに走って向かってくるリシャルト様。


「それじゃあまたね」


 私たちをそんな状態にした当の本人は、ひらりと手を振って軽やかに屋敷を去って行った。

 

 

 

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