第20話 宰相の妻は客人に会う②
「リシャルト様、失礼致します」
「し、失礼します」
ハーバーさんは客間の扉をノックすると、静かに部屋に入った。
私もハーバーさんのあとについて客間に入る。
部屋の中央のソファには、リシャルト様とアルバート様よりも落ち着いたボルドーの髪色の男性――エルウィン王子殿下が向かい合って座っていた。
「おや、キキョウ。もう午後のレッスンは終わったのですか?」
リシャルト様は私の姿を認めると、にこりと笑う。
「は、はい」
「おお、もしかして噂の宰相閣下の奥方様の登場かい……って、聖女様? こんなところでどうしたの?」
エルウィン様は私を見て驚いたように目を見開いた。
どうやら私がリシャルト様の屋敷にいるとは思っていなかったらしい。猫のような金色の瞳を丸くしてびっくりしている。
「どうしたの、とおっしゃられましても……」
私は困ってしまってリシャルト様の方に視線をやった。
リシャルト様は部屋の扉の前に突っ立ったままの私に手招きをしてきた。私は呼ばれた通りにリシャルト様の方へ近づく。
「エルウィン殿下、彼女が僕の妻です」
「エルウィン様、こんにちは。キキョウと申します。こうやってお話するのは初めてになりますね。」
私はエルウィン王子にお辞儀をした。
「……なるほどね。なかなか面白いことになってるね宰相閣下」
エルウィン様は興味深そうな様子でふっと口元を上げている。
そうしてにっと人の良さそうな笑みを浮かべた。
「こんにちは、聖女様。あなたのお名前を初めて聞いたよ」
そりゃそうでしょうね。私の名前は屋敷の人しか知らないもの。なんなら、私の名前を呼ぶのはリシャルト様しかいない。
エルウィン様の言葉に、私は曖昧に笑みを浮かべるしかなかった。
セレスシェーナ王国第二王子、エルウィン・ヴィスヘルム。名前に国名を冠することが出来るのは国王陛下と第一王位継承権者のみなので、エルウィン様はセレスシェーナを名乗ることはできない。
腹違いとはいえ、兄弟というだけあってエルウィン様とアルバート様の顔立ちは似ている。
だが、まとう雰囲気はまったく異なっていた。
エルウィン様の姿をお見かけしたことはあるが、直接お話したのは今日が初めてだ。
「噂の新妻が聖女様だなんて、どうして教えてくれなかったんだい? 俺たち親友だろう、水臭いなぁ」
「言う必要性を感じなかったもので」
「冷たいなぁ」
エルウィン様はやれやれと肩をすくめた。
「まぁ、聖女様も座りなよ」
あまりにも自然に、エルウィン様は私に座るように促す。自然すぎて、一瞬ここは王城かと錯覚してしまいそうだった。
「僕の方へどうぞ」
リシャルト様が隣に座るように手で示してきたので、大人しくそちらへ腰掛ける。
「へぇ、なるほどね?」
リシャルト様の様子を見て、エルウィン様は楽しそうに笑っていた。
「それにしても……。聖女様には一度会って謝りたかったんだよね」
「謝る……?」
アルバート様にはいろいろ悪口を言われたりしたが、エルウィン様に何かされた覚えは無いが……。
私は首を傾げる。
エルウィン様ははぁとため息をついた。
「いやぁ、ほんと……。うちのバカな兄上と父上が迷惑かけてばかりで申し訳ない」
「い、いやいや……。エルウィン様が謝るようなことじゃないですよ……」
エルウィン様もそれなりに苦労してそうだ……。
「兄上が聖女様と婚約破棄して、それなりの騒動を起こして今もう王城も教会もてんてこ舞いで……。もう、各方面に迷惑かけすぎてて頭が痛い……」
エルウィン様は文字通り頭を抱えて机に両肘をついた。
あ、可哀想……。
「聖女様を勝手に解任したものだから、聖女代理の件やらで色んなところがばたばたしててさぁ……。兄上が勝手に解任した当の聖女様は行方不明だし……。まさか、最近結婚したと噂の宰相閣下の妻になっていたとは思わなかったけど」
どうやら私は行方不明扱いになっていたらしい。あれ、アルバート様やエマ様、ニコラは私がリシャルト様に求婚されたことを知ってるはずだけどな……?
「なんで私、行方不明になっているんです?」
私はそっとリシャルト様に尋ねた。
「エマ様が聖女代理になったごたごたで、王城はそこまで手が回っていないんですよ。あと、単純に
ああ、なるほど……。今まで私は名無しの権兵衛だったからなぁ……。
「リシャルト……、あえて黙っていたんじゃないかい?」
「さぁ。どうでしょう」
エルウィン様の言葉に、リシャルト様はふっと笑った。
あ、これはあえて自分が結婚した相手が
「まぁ、聖女様が安全に暮らしているようで何よりだ」
エルウィン様は、私を見てほっとしているようだった。
この王子様、いい人だな……。アルバート様とは大違い。
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