第19話 宰相の妻は客人に会う①


 私がリシャルト様の屋敷にきて17日目。


 結婚式やお披露目パーティーで着るドレスや小物類も無事に決まり、試着用に届いた大量のドレスは仕立て屋に送り返された。

 白で埋め尽くされていたあの一室も、もう以前の空き部屋へと戻っている。

 私は結局、あの花の刺繍が美しいレースのドレスを着ることにした。だが、少しサイズが大きかったため当日までに直してもらう予定だ。


 メイドさんたちはというと、私たちの様子を部屋の外から覗いていたあの日、

『メイドが主人の覗きをするとは何事ですか! 罰として、1週間はリシャルト様と奥方様の前に立ってはいけません!!』

 とハーバーさんにコテンパンに叱られたらしい。いつもはメイドさんたちの言動を呆れながらも許容しているハーバーさんも、今回の覗き行為はさすがに許せなかったらしい。

 しばらく彼女たちは裏方の作業にまわるそうだ。

 おかげで、あれから2日経った今日もメイドさんたちの姿を見ていなかった。


 あのメイドさんたち、私より……なんならリシャルト様より年上のはずなんだけど、年上という感じがしない……。

 小鳥のようにピーチクパーチクさえずり飛び回るメイドさんたちを見かけないのは、静かだけど寂しいものがある。

 少なくともあと5日は、屋敷の中が静かなんだろうな。


「あれ、リシャルト様? 今日はお仕事もう終わったんですか?」


 午前のダンスレッスンが終わってお昼時。食堂に向かうとそこにはリシャルト様がいた。

 珍しいこともあるもんだ。朝、いつも通りリシャルト様が王城へ出勤して行くのをハーバーさんと共に見送ったものだから(通常ならメイドさんたちも見送りをするのだが、現在謹慎中)、今日もいつもと同じように夜まで仕事をされるのだと思っていた。


「いえ、午後から来客の予定がありまして……。それで早めに城での仕事を終わらせてきたんです」


「来客?」


 どなたが来るんだろう?

 この屋敷に誰か他の人が尋ねてくるなんて初めてだ。


「と言っても、これも仕事関係の来客なんですがね……」


 リシャルト様はそう言って苦笑する。

 ほんの少し、リシャルト様の顔に疲れが見えた気がした。

 宰相の仕事って大変なんだろうな。リシャルト様がしているのは国王の政治補佐だ。特に、今の国王は国土を広げることにしか興味がないともっぱらの噂である。リシャルト様が宰相になってからのこの数年、以前に比べると戦争をしかけることは減ってはいるらしいがゼロではない。


「キキョウは昼食ですか?」


「あ、はい。午前のレッスンが終わったので」


「では、せっかくですので一緒に食べましょうか」


 わぁ、それは嬉しい! 休みの日ではないのにリシャルト様と一緒にお昼を食べられるなんて貴重すぎる!


「ありがとうございます」



 ◇◇◇◇◇◇



 リシャルト様と昼食を食べて、私は午後のレッスンに戻った。

 午後は会話術についてだ。

 前世からコミュニケーションが苦手な身としては、一番不得意なレッスンと言える。

 特に、この会話術で想定している相手は貴族のご令嬢、ご夫人方だ。正直、レッスンしたところで会話が盛り上がるような共通話題がないと思うのだけど、これも勉強だ。為せば成る……はず。


「つ、疲れた……。休憩しよう……」


 どうにかレッスンから解放されて、私はよたよたと自室への道を歩く。


「ん?」


 あれ、客間から声が聞こえる?

 私はふと廊下で立ち止まった。


 もしかしたら、リシャルト様が昼間言っていた客人が来ているのかもしれない。

 挨拶をした方がいいだろうか。

 私は客間の様子を少し伺ってみることにした。


『すみませんね、エルウィン殿下。あなたには酷な役割をお願いすることになる』


『ああ、そこは大丈夫さ。いつか兄上と父上は引きずり下ろしてやりたいと思っていたんだ。願ったり叶ったりだよ』



「……」


 ……聞かなきゃ良かったな。

 なんか、引きずり下ろしてやりたいと思っていた、だのと聞こえてきたんだけど。

 これは聞いてはいけない内容な気がする。

 

 聞こえてきた声からして、思った通りリシャルト様と、もう一人男の人が部屋にいるらしい。恐らく例の客人だろう。

 というか、リシャルト様は相手に「エルウィン殿下」と語りかけていた。客人、王子じゃんか! 最近噂の、アルバート様の弟! エルウィン王子殿下!

 

 客間から漏れてきた会話とその相手に、私は速攻で引き返すことを決めた。邪魔をしてはならないだろう。


 私が客間から離れたところで、ハーバーさんが向かいからワゴンを引きながらやってきた。ワゴンには紅茶のポットとカップ、お菓子が載っている。リシャルト様と客人のために持ってきたのだろう。


「おや、奥方様。レッスンが終わったのですか?」


「は、はい」 


「でしたら、ぜひ客間にご挨拶をしていってください。これも奥方様の務めの一つでございます」


 あ、終わった。

 ハーバーさんの一言で、私は客間に突入することが確定した。

 腹を括るしかない。

 

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