第11話 宰相の妻(一応)は初デート中①


 リシャルト様のお屋敷は、王都から少し外れた位置にある。閑静な場所で、周囲は自然豊かだ。元々別荘のようなものらしいので、とても納得のいく立地だ。

 そんなお屋敷から王都までは、馬車を使って約30分ほどかかる。



 ◇◇◇◇◇◇



「それでは、時間になりましたらお迎えにあがりますね」


 馬車を操ってここまで連れてきてくれた御者は、キャリッジから降りた私たちにそう言った。

 

「ああ、頼んだ」


「坊ちゃん。奥方様とのデートに夢中になりすぎて、帰りの時間忘れないでくださいね」


 御者はにっと笑って一言告げると、屋敷へと馬車を引き返していく。

 リシャルト様の使用人さんたちは、なんというか……。主人に対してとてもフランクだ……。

 リシャルト様への敬意はもちろん感じる。だが、それだけではなくて、家族を見守るような温かさが根底にあるような気がする。

 この世界には、私の家族というものはないから少し羨ましい。


「相変わらずすごい賑わいですね」


 リシャルト様は遠くを見るように目をすがめていた。

 入口の遠く先には市場が広がっていて、人々のざわめきが風に乗って聞こえてくる。

 今の時刻は昼時。人が最も多い時間だろう。

 

 私は手に持っていた薄桃色の花飾りがついた白い帽子を深く被った。

 万が一にも元聖女であることがバレたりしたら厄介だ。


「王都……。なんだか、すごく久しぶりに感じます」


 ぽつりと呟いて、そして気づく。『久しぶりに感じる』のではなく、王都の街に訪れるのは本当に久しぶりなのだと。


 私の言葉に、リシャルト様は不思議そうな顔をしていた。

 

「キキョウは、修道院暮らしとはいえ王都に住んでいましたよね? 休日に街に出たりとかは?」


「…………きゅ、休日……」


 聖女にそんなものはない。

 聞かないで欲しい。


「そんなものなかったですよ……」


 自嘲気味に言った私に、リシャルト様は可哀想な人を見るような目を向けてきた。

 そんな目を向けないで欲しい。

 こちとら、前世から連勤が魂に染み付いていて、今世もなんの違和感もなくブラックな働き方をしていたのだ。

 

 聖女になって10年。私はほとんどの時間を教会の敷地内で過ごしてきた。

 というか、過ごさざるを得ない状況だった。ひっきりなし教会には負傷者が訪れ、てんてこ舞いな日々。衣と食は国が修道院へ支給してくれていたので、生活自体には困らなかった。

 街に降りて自由に遊んだり、買い物をしたりすることはなかったし、そもそもそんな時間がなかった。

 それは、上手いこと国に囲われ、コントロールされていたともとれる。

 

 その事に今更ながら思い当たり、複雑な感情が胸に湧き上がる。私は白い帽子のつばをぎゅっと握りしめた。


「そうですか……。でしたら、今日のデートは最高の休日にしましょうね」

 

 リシャルト様の温かい言葉が胸に染みる……。

 大きな手が私の目の前に差し出される。私は帽子から手を離して、そっとリシャルト様の手に自分の手を重ねた。


「欲しいものがあれば、なんでもおっしゃってください。僕のお気に入りの場所もあとで案内してさしあげますね」

 

「はい」


 アルバート様が婚約破棄してくれてよかった、と私は思った。

 そうでなければ、きっとリシャルト様から求婚されることも、今こうして温かな気持ちになれることもなかった。


 リシャルト様に手を引かれ、私は少し後ろを歩いていく。

 

「何かあっても一応護衛騎士がついてきていますが、帽子をしっかり被っていてくださいね」


 石造りの門を抜け街に入ると、リシャルト様は歩きながら小さな声で言った。

 私はこくりと頷く。


「はい。それにしてもすごい屋台の数ですね」


 道の両脇には屋台が並び、様々なものを売っているようだった。

 どれだけ進んでも屋台の終わりが見えない。

 果物や野菜、干し肉などの食品類。出来たての料理やお菓子。衣服に小物など。雑多に並んだ屋台から、異国情緒が溢れている。

 多くの人が行き交う様は、さすが城下町といったところだろう。

 ほとんど街に来たことがないものだから、物珍しくてついキョロキョロしてしまう。


「ここは、王都で一番栄えているところですからね」


「なるほど……っきゃ」

 

 どんっ、と腰の辺りに衝撃が走って私は思わず小さな悲鳴を上げた。

 な、なに?

 

「ご、ごめんなさい、ボク急いでて」

 

 下を見ると、焦った様子でこちらを見上げる男の子がいた。

 どうやらぶつかってしまったらしい。


「こちらこそごめんね」


 こんな人混みの中でキョロキョロしすぎたせいだろう……。男の子に申し訳ない。


「おーい! はやくこいよー! 『聖女様のひとみ』が売り切れちまうぞー!」


 少し離れた場所に、男の子に手を振っている子どもたちがいた。男の子の友だちだろうか。

 

「あ、うん! すぐ行く!」


 男の子は返事をすると、私にもう一度向き直って頭を下げた。


「おねーさん、ぶつかってごめんなさい!」


 丁寧に謝ると、ばたばたと男の子は走り去って行く。


 男の子はさておき。

 なんか、聞いてはならない恐怖ワードが聞こえた気がするんだ、私。


「……『聖女様のひとみ』って、なに?」


 なおかつ、売り切れるって、なに?

 

 残された私は、盛大に眉をひそめてリシャルト様を見上げるしかなかった。

 

 

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