第10話 宰相の妻(一応)はデート準備中①
翌日。
その日は朝から、フォルスター家のお屋敷で働くメイドさんたちがやたらウキウキとしているように見えた。
「おはようございます」と朝一にカーテンを開けに来てくれた時も。
朝起きて、食堂に向かうまでの道のりも。
リシャルト様とともに朝食を食べている最中も。
今日はこの後からリシャルト様とともに城下町へ指輪を探しに行くからと、支度のために自室に戻る道中も。
……ずーっと、にこにこと微笑ましそうな視線を複数のメイドさんから向けられて、大変居心地が悪いです。一体なんなんだ。
この屋敷にきて、約一週間。屋敷で働いている使用人さんたちの顔もだいぶ見なれてきた。
この屋敷はどうやらフォルスター家が所有している別荘のようなものらしい。リシャルト様が宰相の任務を仰せつかった際、王城での仕事がしやすいように、と現フォルスター公爵(つまりリシャルト様の父親)から譲り受けたものだそうだ。
フォルスターの本家は、今いる屋敷よりもかなり北の方にあるので、確かにそこから宰相の仕事をするのは大変だろう。
この王都すぐそばの屋敷で働く使用人さんたちは、基本的にフォルスターの本家で長く勤めてきた人たちなのだと、使用人たちを取りまとめる執事のハーバーさんが言っていた。
ということは、今私を取り囲む三人の年上メイドさんたちもリシャルト様とは長い付き合いということになる。
一人は私の髪のヘアアレンジをしてくれ、もう一人はメイクを施してくれていた。最後の一人は着ていく上着の用意をしてくれている。
「せっかくのお忍びですので、奥様の髪色が目立ちにくいように帽子でも被ります?」
「……そうですね。ありがとう」
聖女だった時は基本的に、修道院を含む教会敷地内からはあまり出なかったので、周囲から見た目に関して何か言われるということは少なかった。
ニコラをはじめとした修道院や教会関係者は私の容姿を気にせずに接してくれたし、治癒された兵士たちは助けて貰った手前もあり目の前で悪口など言ってこない。そもそも、聖女は王族に並ぶような立ち位置なので、兵士よりも格上とされている。
アルバート様とエマ様は、私の容姿よりも出自や能力に関する攻撃が多く、やれ「お飾り聖女」だの「役立たず」だの「下賎な血筋が」だのばかり言ってきた。
それらの聖女になってからの環境は、ある意味特殊だった。
孤児だった幼い頃、黒髪黒目だからと石を投げられたこともあるし、私の見た目を怖がって遊んでくれる友達なんていなかった。
この屋敷の人たちは、私の髪や目の色を怖がったりしないでくれるのでありがたい。のだが……。
今日のメイドさんたちはいつもよりも超ご機嫌で、なんなら鼻歌のようなものまで聞こえる……。逆に怖い。
「あの、みなさん今日はどうかしたんですか? なにかあったんですか?」
私は意を決して聞いてみると、待ってましたとばかりとすぐに返答が返ってきた。
「何って! 奥方様とデートですよ! デート!」
「あの女っ気のないリシャルト坊っちゃまが! 奇跡!」
「王子様系イケメンだけど腹黒そう、ってご令嬢方にこっそり噂されている坊っちゃまにようやく春が……!!」
メイドさんたちはテンション高く、口々に言う。
若干、主であるリシャルト様に対して失礼な気がする言葉が混じっていたが……。聞かなかったことにしよう。
「女っ気がない……? リシャルト様、モテそうなのにですか?」
それはさすがにないだろう。
今まで得てきたリシャルト様の情報を総合すると、ありえない、と私は強く思う。
なんせ、リシャルト・フォルスター様は結構なスパダリ属性の持ち主だよ? 世の貴族女性たちが放っておくとは思えない。
大国・セレスシェーナの宰相に歴代最年少で就任し、フォルスター公爵家の次期当主。
しかも、見た目は金髪碧眼で物腰も柔らかい。
「そりゃもちろん! うちの坊っちゃまはモテますとも!」
「そうですわ! 擦り寄ってきたご令嬢を笑顔でスパッと切り捨てるのがリシャルト坊っちゃまです!」
「坊っちゃまは昔っから、奥方様にしか興味ありませんもの! そのほかのお嬢様方なんてそもそも視界にすら入っておりません!」
「……そ、そうですか」
メイドさんたちのあまりの熱量に気圧されてしまう。まるでうちの子自慢でもされているみたいだ。
ここの使用人さんたちはリシャルト様に長年仕えてきたそうだから、家族に近い気持ちなのだろう。
「キキョウ、入ってもよろしいですか? 準備はできました?」
扉を軽くノックする音と共に、当のリシャルト様の声が扉越しに聞こえてきた。
メイドさんたちは慌てたように、手早く私の準備を終わらせる。
「リシャルト様、奥方様のご準備ができました。どうぞお入りください」
先程までリシャルト様のことを『坊っちゃま』と親しんで呼んでいたメイドさんたちは、主人に丁寧な態度で接している。
切り替えがプロだ……。
部屋に入ってきたリシャルト様は、デート仕様に仕立てあげられた私に視線を向けるやいなや、ものの見事に固まった。
え、なに。メイドさんたちが手伝ってくれたから、そんな変な格好じゃないはずだけど……。
私を見たと思ったらすぐにリシャルト様が動きを止めたものだから、いささか不安になる。
私が着ているのはシンプルな白のワンピースだった。
長い私の黒髪は、ポニーテールをくるりんぱしてロール状にお団子を作る髪型、いわゆるギブソンタックにしてもらった。三つ編みまで編み込まれてて可愛い。この上に、帽子をかぶる予定だ。
私は『黒髪黒目の聖女』として国民に知られているし、リシャルト様は宰相閣下だ。
そのままの状態で行っては否が応でも目立つ。
今回のお出かけは一応お忍びということになるので、派手なものは避けようとメイドさんたちが考えてくれたらしい。
私を取り囲んでいたメイドさんたち三人はすすっと移動すると、今度はリシャルト様を取り囲む。
してやったり、とメイドさんたちはにやにやしていた。
「どうです? リシャルト様。完璧でしょ」
「……完璧です」
「あたしたち、これでもリシャルト様の好みを把握してますので」
「さすがです。これほどまでに美しいキキョウを見ることができるとは……。生きててよかった。褒美に、あなた方のお眼鏡に叶いそうな独身貴族の男を数名見繕っておきます」
「さすがリシャルト様。話が分かりますね」
待て待て待て。なんか上手い具合にメイドさんたちの交渉のダシにされた気がしてならない。
前世で私が盛大に触れてきたゲームやアニメ、漫画、ラノベなどの二次元コンテンツでは、メイドさんという属性をもったキャラは数多くいた。
だがしかし、現代日本にまがい物のメイドさんはいても、本物の二次元のようなメイドさんはいない。いたとしても、せいぜいハウスキーパーや家政婦などだろう。
さすが、この世界はラノベの世界に近い異世界なだけはある。
この世界には、二次元のメイドさんみたいな職業は存在しているが……。ただ、一般的な主人とメイドの関係って絶対こんな、リシャルト様とメイドさんたちのような感じではないと思う。
「キキョウ」
「はい」
メイドさんたちと話し終えたらしいリシャルト様が、鏡台の前に座ったままだった私の方へ近付いてきた。優しく名前を呼ばれる。
リシャルト様は普段着なのか、宰相として働いている時よりは軽装だった。前は腰の長さ、後ろは長い裾の貴族然としたコートがよく似合っている。
というか、かっこいい。
私は思わず見とれてしまった。
「よく似合っていますね。かわいいです」
面と向かってリシャルト様にそう言われ、首から上の温度が急激に上がる。
目を細めているであろうリシャルト様の顔を直視することができなくて、私は俯いた。
「り、リシャルト様も、よく似合っています、よ」
「ありがとうございます」
どうにか褒め言葉を返す。だが、私はまだ顔を上げられそうになかった。
相手の顔を見ることができないほど恥ずかしく感じるのなんて、初めてだ。
「そろそろ出発なさらないと遅くなりますよー」
メイドさんたちが私たちの様子を見かねてか、声をかけてくれる。
「そっ、そうですね! リシャルト様、行きましょう!」
私はぱっと顔を上げると、リシャルト様に赤くなっていることがバレないようにそう言った。
リシャルト様は、微笑ましそうにくすっと笑いをこぼした。
なんだか、バレているような気がしてならない。
「ええ。行きましょうか」
優しく差し出されたリシャルト様の手に、私は少しドキドキしながら自分の手を重ねた。
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