第12話 宰相の妻(一応)は初デート中②
大勢の人が行き交う通りの中で立ち止まったまま。リシャルト様を見上げ、私は恐る恐る口を開いた。
「リシャルト様……。聞いてもいいですか」
「何となくあなたが聞きたいことの予想がつきますが……。なんでしょう」
「『聖女様のひとみ』ってなんですか……?」
先程の男の子が発した超恐怖ワード。
聖女様のひとみ。
聖女=私? しかもその瞳?
アルバート様から聖女の役目から解任されて10日経ったものの、次の聖女が見つかったなどといった情報は一切流れてこない。
確か、アルバート様が「後任にエマを推薦する!」を息巻いていた気がするが、一体あれからどうなったのやら。
とりあえず分かっているのは、私かもしれない聖女の瞳が売られているかもしれない、ということ。
いやいや待て待て。私の瞳はここにある。ということは他の誰かの瞳……!?
やばい。こわい。
私の脳内には、瓶いっぱいの目玉がホルマリン漬けにされていて、それを魔女が売りさばいている姿が浮かんでいた。
ガクブルと震える私に、リシャルト様が「大丈夫ですよ」と肩にそっと手を置いた。
「気になるのでしたら、買いに行きましょうか」
ひっ!
何言ってるんだ!
いやいや、と怯える私の手を引いて、リシャルト様は城下街の奥の方へと進んで行った。
◇◇◇◇◇◇
その店は、街の奥にある噴水公園の近くにあった。
「おいしいよー! 城下名物『聖女様のひとみ』! 今日の分はもうすぐ売り切れだよー!」
呼びかける威勢のいい店員。
店の脇にはでかでかと『聖女様のひとみ!』と書かれた旗がはためいている。
「リシャルト様……、これって……」
「おいしいですよ。一つ買いましょうか」
リシャルト様はそういうと、さっと屋台の方へ走っていった。
しばらくして戻ってきたリシャルト様の手には、小さな袋が握られている。
「これ、お菓子ですか……?」
屋台の周りからも、リシャルト様が持っているこの袋からも、砂糖の甘い香りがしてきていた。
例えるなら、前世で幼い頃に作ったべっこう飴みたいな匂い。
「ええ。簡単に説明するなら、ローストしたナッツと砂糖を絡めたお菓子です」
リシャルト様は、袋の中から一つナッツを取り出した。
アーモンドのようなナッツに、黒い糖衣がかかっているようだった。
なるほど……。聖女(私)が黒目だからそれにかけてるのね。
黒い見た目のアーモンド。『聖女様のひとみ』という名称で売られているのにも納得がいった。
「昔からある郷土菓子なんですが、ここの店主が砂糖を黒く着色して『聖女様のひとみ』という名称で売り出してから毎日売り切れで入手困難な菓子になったんですよ。みな、聖女様の治癒のご利益にあやかりたいですからね」
な、なるほど。
なんか、上手い具合に人間の心理をついているというか、商売上手というか……。
「……その聖女様をみなから奪ったのは僕ですけども」
「リシャルト様……?」
リシャルト様は、私の顎をくいと指ですくった。
にこりと間近で微笑まれてどきりとする。
「な、なんですか……っ?」
「あーんしてください」
何をしたいのか察して、私は羞恥で顔が熱くなるのを感じた。
この宰相様!
公衆の面前で!
あーんして食べさせようとしてる!
「リシャルト様、恥ずかしいです!」
こんなことが許されるのは、少女マンガか、バカップルくらいだろう。
付き合っていないのに――と考えて、私ははたと気づいた。
私たち、カップル飛び越えて書類上は結婚してたわ。
「大丈夫です。一瞬ですから」
そう言うと、リシャルト様は私の唇に『聖女様のひとみ』を押し付けた。
仕方がないのでそのまま口に入れる。
……おいしい。
しゃりしゃりとした糖衣と、炒られたナッツの香ばしい香りが口の中いっぱいに広がる。
砂糖とナッツという、シンプルながら間違いのない組み合わせなだけある。私はもぐもぐと咀嚼しながら、リシャルト様にそっと手のひらをつき出した。
「……もう一つください」
「あはは、気に入ったようでよかったです」
私の反応にリシャルト様が嬉しそうに笑う。
少し癪だが、しょうがないじゃないか。甘いものはおいしい。おいしいものはもっと食べたいものだ。
「あちらのベンチにでも座りましょうか」
リシャルト様は噴水公園の奥にあるベンチを指さした。
たしかに、腰を落ちつけた方が楽だし、公園の中は人通りも少ない。
「そうですね」
私はリシャルト様の提案に頷いた。
そして公園に向かおうとした矢先……。
「あー!」
背後から大きな声が聞こえてきて、私もリシャルト様もぎょっとして振り返った。
「せせせ、聖女様じゃないですかぁ!」
泣きそうな声で叫んで、こちらに全力で駆けてくる栗色のボブの女性が一人。
「お会いしたかった! もうほんと! 聖女様がいなくなってから毎日死にそうで! ここで会えてよかったぁ……!」
「に、ニコラ……!?」
がばっと勢いよく私に抱きついてきたのは、教会で長年共に働いてきた治癒士、ニコラだった。
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