世界線の引っ越し

ちびまるフォイ

すべて入居希望者優先

「ばっかやろう! 新人は午前5時から出社して、

 会社の掃除をやるのが常識だろう!!!」


「はい……」


「これだから最近の若いやつは!!

 私の若い頃はもっとくどくどくどくどくど」


大学を卒業して入った会社はブラックだった。

内定ガチャのすえに会社を見定める目が自分になかった。


「詰んだ……」


家に帰ると飲み明かすだけの日々。

なにがどう間違ったのだろう。


会社を辞めるにしても入って1週間で辞めるのはまずい。

ブラック会社の事情を知らない次の転職先からすれば

自分はまるで"堪え性のないヘタレ"だと誤解される。


かといって会社を続けるわけにもいかないが、

どうやらこの国では働いていないと生きることすら許されない。


「どうしたもんかなぁ……あっ?」


なんの気なしにポストに突っ込まれていたチラシの数々。

その中にまぎれていた1枚に目が止まる。


「世界線引越センター……オープン?」


次の休日に世界線引越センターを訪れた。

店舗はどうみても賃貸仲介の店にしか見えなかった。


「こ、こんにちは」


「いらっしゃいませ。世界線の引っ越しをご希望ですか?」


「まずは話を聞いてみたいなと……。いいですか?」


「もちろん。うちでは世界線の引っ越しを専門としています」


「世界線……」


「この世界はパラレルワールド。

 でも今、この世界線は上手くいかなかったりする場合もある。

 ですから別の世界線への入居を支援しているんですよ」


「まじですか!!」


すぐに脳裏にはブラック上司にブラック会社が浮かんだ。

次の転職先への心象を考えればもうあと2ヶ月くらいは、

パワハラ拷問が続くと踏んでいたが逃れる方法があった。


今この世界が嫌なら、別の世界線に行けばいいじゃないか。


「あの、この場で世界線引っ越しを申し込んでも?」


「もちろん! さあこちらから選んでください」


引っ越し先の世界線が載ったカタログが広げられる。

とにかく今よりまともな職場を。


「これ! この世界線に引っ越したいです!」


「かしこまりました。世界線更新料と、

 記憶荷造りの費用だけいただきます」


「記憶荷造り?」


「パラレルワールドに持っていける記憶のことです。

 すべてを移動させようとすると費用がかかります。

 なので、持って行く記憶を選別してください」


「あそうなんだ……」


といっても、別の世界線じゃ別の仕事についている。

仕事などの記憶の一切は記憶荷造りに含めなかった。


「できました!」


「ありがとうございます。では世界線を引っ越しましょう!」


店員が世界線の切り替えスイッチを押した。

時空が歪んだかと思ったら、再び同じ店舗にいた。

しかし壁の色がちがう。


「はいこちらが移動先のパラレルワールドです。

 ここでは、この世界線の自分として振る舞ってくださいね」


「あの自分と鉢合わせすることってないんです?」


「大丈夫です」


「なんでそう言い切れるんです?

 だって家とかも同じ場所を使うんですよね」


「はい。でも鉢合わせはありえませんからお気になさらず」


「はあ」


理由はわからないがもうどうでもいい。

この世界線じゃ自分はホワイト企業戦士。


会社につくときれいなオフィスと、優しい上司に迎えられた。


「おっと、〇〇くん。今日は見たい映画があるんだろ?」


「先輩。そうなんです。でも課長から仕事を頼まれてて……」


「あとはこっちでやっておくよ。君はアフターを楽しんでくるといい」


「先輩! ありがとうございます!!」


なんて恵まれているのだろう。

会社で過ごす時間は1日でも長い。

そこが充実しているとこんなにも人生は良いものになるのか。


「世界線、移動してよかった……!」


しみじみと感じる。

すると足早に誰かが近づく音が聞こえる。

振り返ると、この世界線での友達たちだった。


「よお、さっき背中みえてよ! 走ってきちゃった」


「ああ。そ、そうなんだ」


「それでさ。金かしてくれない?」


「……」


この世界線における自分の情報は、

世界線引っ越しのタイミングで自動的に把握される。


この友達が金をせびってくることも。

そして金が帰ってきていないことも。

そのうえ、こいつのバックには暴力団がいることも。


断ればどうなることか。

会社におしかけてホワイト企業をめちゃくちゃにするかも。


「わかったよ……」


「さんきゅ。必ず返すわ!」


こんなのが何回も続くと嫌になる。

せっかく世界線を引っ越したのに、もう引っ越したくなってしまった。


「ああ、この世界線……仕事はいいけどプライベートは失敗だ……」


再び店舗を訪れた。


「いらっしゃいませ」


「あれ? 前の担当者は?」


「今は外回りしています」


「外回りって……。世界線の引っ越しなのに外回りも何もないでしょう?」


「それより、今日の御用は?」


「あそうでした。実はもう引っ越したいんです」


「ではこちらを」


ふたたび世界線のカタログが広げられる。

今度はちゃんとした世界線を選ぼうと隅から隅まで読み解いていく。


「うーーん……。ないなぁ……」


「なにを探してるんですか?」


「ベストな世界線です。会社はホワイト企業。

 プライベートも充実していて、きれいな恋人がいる。

 そんな理想の世界線を探しているんです」


「あなた自分のスペックわかってます?」


「わかってますよ。だからこそ、まかりまちがった

 幸運な世界線がないかこうして探してるんでしょう」


もちろんそんな世界線はなかった。

どこかが良ければ、どこかが悪いところがある。


「ダメだ。見つからない……」


「そんな世界線があれば誰でも引っ越したいですよ」


「そうですよね……」


「理想を探すくらいなら、いっそ理想を作り上げてみては?

 別途費用は発生しますが世界線統合もできますよ」


「世界線……統合?」


「ようは合体です。世界線を合体させて、

 良いところだけの世界線を作るんです」


「そんなものが!! 最高じゃないですか!

 もっと早く言ってくださいよ!!」


理想がなければ作ってしまえば良い。

ただの世界線引っ越しよりも費用がかかるとしても、

理想の世界を手に入れられるのなら安いものだ。


「それじゃ、俺の元の世界線のプライベートと……。

 この世界線の仕事の状況を統合して、

 仕事とプライベートどちらも充実させるのは?」


「可能です。では新たに世界線を作りますね」


「あ! ま、まって!! もうちょっと選びます!!」


まるでこだわりのサンドイッチでも作るかのように、

カタログを見て今の世界線よりもいい部分をトッピングしていく。


他の世界線の要素を使えば使うほど費用は増えるが、

これから一生暮らしていく世界線なんだから気にしない。


「ではこのカスタマイズした

 マシマシアブラオオメゴリモリ世界線で!!」


「わかりました。では引っ越します」


時空が歪んで理想の世界線へと到着した。

世界線引っ越し後の家にいくと豪邸が待っている。


「すごい!! これこそ理想の世界線だ!!」


この世界線は全部のせの最強世界線。


仕事もプライベートも充実しているのはもちろん。

自分は財閥の息子設定らしくお金も有り余っている。


さらにはグラビアアイドルの恋人と、

プール付きの家にはバカでかい犬がいる。


勝ち組要素をありったけぶち込んだ最高の世界線だ。


「だいぶ費用はかかったけど、世界線引っ越ししてよかった」


大事なのはちゃんと世界線引っ越し先を選ぶことだ。

一生ものの選択は本当に慎重な判断が必要。


そしてちゃんと選んだ先には勝ち組人生が待っている。


「さて今日は何して時間をつぶそ……あれ?」


プールサイドでトロピカルジュース飲んでいると、

家に世界線引っ越しの店員がやってきた。

見知った顔に安心する。


「ああ、どうも。最初の世界線引っ越しの店員さんじゃないですか」


「こんにちは。世界線は気にいっていただけて?」


「そりゃもう! 見てくださいよこのパラダイス!

 こんな最高の世界線ならどこへも引っ越したくないです!」


「そうですね。それは別の世界線の方もそうだと思います」


「はい?」


「こんなに素晴らしい世界線ですから、

 実は別の世界線のあなたが引っ越し希望を出したんです」


「あ。そうなんですね。それで?」


「以前、あなたは鉢合わせしないかとも聞いたこと覚えてますか?」


「ええ、たしかそんなことを聞いた気も……」


「これがその理由です」


店員は銃を構えて躊躇なく撃った。

特殊な弾丸が体にめり込むと自分の体は灰になって風に消えていく。


「な……なにを……!?」


「入居希望が入ると、既存の世界線入居者には消えてもらってるんです」


「そ……そんな……」


まもなく自分の体はすべて跡形もなく消えた。

店員はそれを見届けると店舗に電話をかけた。




「ああ、もしもし? "外回り"が終わりました。

 世界線空いたので入居者をご案内してください」

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