第40話 虐げられヒロインが、颯爽と登場したヒーローと恋に落ちる瞬間

 亜美を守る位置取りで、ハテアイや三浦に対峙する方向に身体を向けていた天麗あめりは、グイグイ前進するハテアイに気圧されて、ジリジリと後退する。


「けどさ、ボクも後々気付いたけど、コイツには心が伴ってないんだ。責任もない。欲求だけだ。だから何でも言える。目的のものを手に入れて、ソレで満足してしまう。ゲーム感覚なのさ。

 けど、こっちは生身の人間だ。手に入れられてこっちに何の利がある? 気持ちの安寧? いっときだけはね。けどその先にもボクたちには生命活動がある。コイツの満足と引き換えに、こちらはどんどん飢えて弱って行く。

 コイツはソレを意に介さない。手元に置いておくことで満足だからな。儚くなれば、次を求める。実にあっさりと。元カノのボクが言うんだから間違いないよ」


 ふいに、ハテアイがパソコンを持つのとは逆の手を伸ばして来た。


「んにゃっ!? この出会い厨っ……」


 慌てて飛び退いた天麗あめりには構わず、そのままハテアイは手を伸ばす。目当てはその先、座り込んだ亜美の頭。そこに、そっと手を置いた。


 壊れ物を扱うように、慎重にゆるゆると手を動かし、撫でる。

 ギクリと一瞬体を強張らせた亜美だったが、ひざまずいて目線を合わせてきたハテアイの柔らかな表情に、惹き付けられたらしい。大きく目を見開き、微動すら忘れてじっと視線を絡め合う。


「ね?」

 

 亜美の瞳を捕えたハテアイが、一際きらめかしい笑顔を作れば、亜美の頬は一瞬のうちに艶やかに染まった。

 その瞬間だけを切り取れば、虐げられヒロインが、颯爽と登場したヒーローと恋に落ちた瞬間。けれども亜美にはカレ(多分)が居るし、ハテアイは素性の知れない出会い厨(疑い)の人物だ。そう考えた途端、天麗あめりの身体は動いた。


「うにゃぁぁああっ! 色気駄々洩れの危険人物が、恋愛経験値の少ない中2女子にっ、大人げない手管を使うなんてっ!! 恥を知ってください!」


 亜美を抱え込んで、ハテアイから護る姿勢をとる。撫で続ける手を、天麗あめりによって跳ね除けられたハテアイは、楽しげに二人を見遣ると、その手を降参とばかりに大袈裟に上にあげてみせる。


「ひどいなぁ」 


 全くそう思ってもいないハテアイの口調だ。さらには「AIよりもずっとあっさりしたアプローチだと思うけど?」などと嘯いて、反省の様子もない。だから天麗あめりは、油断ならない奴、とさらに警戒心を剥き出しにする。

 ふしゃーっと、全身の毛を逆立てんばかりの天麗あめりの腕の中で、いつの間にか亜美の見開いた目が天麗に向いていた。


「あんた……あたしのこと」


 弱々しげな声に、天麗あめりは「なんだそんなこと」と、からりと笑う。本気で至極当然のことに疑問をぶつけられて、驚きと気の抜けたのとが同居した、屈託ない笑顔で。


「弱ってる人を見たら助けたいって思うのは、わたしの中では普通です。それが、わたしの隣の席の、ちょっと意地っ張りで素直じゃなくて、謝るのも苦手ないかりさんなら、なおさらです」


 迷いなく、きっぱりと言い切る天麗あめりだ。亜美がこれまで捕らわれていた「友達」や「仲間」の言葉は一切なく、ただ亜美だから助けると断言する。


「なんで」


 亜美の問いは、上っ面の仲間とは違い、独自の行動理念を突き通す天麗あめりに、一縷の希望を抱いたからだ。AIに付け入られる孤独と飢えを抱えた亜美は、縋るように問いを向ける。


「亜美ちゃんを取り戻して、謝らせる。取り戻すのが目的ではなく、謝らせるのが目的です。わたしは腹黒なのです!」


 ふふんと、偉そうに胸を逸らして、凡そ天使らしくない、むしろ悪役令嬢が高笑いするポーズを決めた天麗あめりに、亜美が苦笑する。


「クラスメイトだとか、仲間だとか、そんないかにも優しい言葉では説明しないのね。そう括った方が、大勢の中で生きやすいのに。あんたも大概人付き合いが下手くそよね。友達少ないんじゃないの」


「にゅぐぅっ」


「まぁ、数が居てもどうってこと無いことだけは、今回のことでよく分かったけどね。オトモダチの少ない惣賀そうがサン」


 弱り切った表情から、必死に自分を立て直そうと、強引に嫌味な笑い顔を作った亜美の目は、今や真っすぐ天麗あめりに向けられている。



 ごとり



 目の前に立つに、注意の移った亜美の手から滑り落ちたタブレットが、硬い床に当たって音を立てた。

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