全講師武装大学

鴻 黑挐(おおとり くろな)

一月二十八日

『(試験及び単位取得の認定)

第19条

3 担当講師が死亡乃至ないし何らかの理由で講義を継続不能となった時、当該とうがい科目を履修りしゅうしている学生全員に単位が与えられる』

――武創ぶそう大学学則より――


 大学の研究室、と聞くと白衣を着た人が行き交う実験室を思い浮かべる人がほとんどだろう。

 しかし、文系――特に歴史学の教授が陣取る研究室は、ほとんど個人経営の古本屋の様相をていしている。

 本棚に入り切らなかった古い資料が床にビル群を形成し、タバコとコーヒーの中間のような古本独特の臭いがむせかえるほどに充満している。

 そして、本の隙間に置かれたデスク(無論、このデスクの上にも資料が山積みになっている)に鎮座ちんざする老爺ろうやが、この研究室の主人。歴史学博士にして武創大学の教授・枯木かれきだ。


 ドアをノックする音。


「失礼します。3年の落合です」

(やはり、来たか)


枯木は深く息を吐く。覚悟はしていたが、そうそう慣れるものではない。


「……入りなさい」


その言葉が終わるや否やというところでドアが開いた。


「死んでいただきます、先生っ‼︎」


ドアの向こうに立っていた学生は自作のピストルを構え、3Dプリンターで出力したプラスチックの弾丸を枯木の眉間みけん目掛けてぶっぱなした。

 その刹那せつな、風を切る音。


「……毎年、この時期になるとね。君のような学生が必ず私の元を訪ねるんですよ」

「なっ……⁉︎」


落合の足元に真っ二つに切断された弾丸が転がる。


「10年前に起きた『大学講師刺殺しさつ事件』は知っていますか?あれを皮切りに、全国で同時多発的に大学教員の殺害が相次ぎました」


枯木の手元には杖。


「高等教育機関の講師に武装が許可されたのが今から5年前の事です。同時期、我が武創大学では全国に先駆けて全講師の武装が完了しました」


杖のを右手で持って静かに引き抜くと、鈍く光る細身の白刃はくじんが顔を見せる。


「無論、私もその一人です」

「仕込み杖か!」


落合はピストルをかなぐり捨てて枯木に殴りかかる。


(まずは杖の間合いの内側に入り込んで先生を昏倒こんとうさせる!20代のフィジカルを舐めるなよ、ジジイっ‼︎)


しかし、その目論見ははかなくも崩れ去る。落合が枯木の懐に入り込もうとしたその瞬間、視界から枯木の姿が消える。


「ど、どこに消えた⁉︎」


答えは簡単、足元である。下段から落合の足元を目掛けて仕込み杖の峰が振り抜かれる。


「基礎が甘いですね」

「ぐあっ!」


したたかに向こうずねを打たれた落合は、悲鳴をあげてその場にしゃがみ込む。

 その首筋に鋭く光る刃が突きつけられる。


「さて、次はどうしますか?」


完全にイニシチアブを握られた。二人の実力差は決定的である。


「う……うおおーっ!」


落合が枯木にタックルを仕掛けた。


(転倒させて……あわよくば脊髄せきずいを折る!)


ヤケクソの攻撃である。


「学習しませんね、君」


当然通用するはずがない。


「がぁっ⁉︎」


落合の肩と太ももに赤い線が走った。仕込み杖から血が滴り落ちる。


「手足は残してあげます。再履修さいりしゅう、頑張ってくださいね」

「くっ、くそ……」


崩れ落ちるように床に倒れる落合。枯木はその姿をただ見ていた。喜ぶでもなく、悲しむでもなく、ただ見ていた。


 ドアの外に新手の気配。


「どうぞ。入りなさい」


枯木は静かな声でドアの向こうに呼びかける。

 入ってきたのは青ざめた顔をした青年。彼もまた、単位をもぎ取るために枯木を狙う学生だった。


「ああ、ちょうどいいところに。彼を医務室まで運んでくれませんか?」


枯木は杖の先端で倒れている落合を指し示す。


「……それと。そのナイフはしまっておいてください。彼の二の舞を演じたいのならば構いませんがね」

「っ……⁉︎」


青年は枯木をにらみつけ、ベルトに刺してあるナイフを懐にしまった。


「頼みますよ。何せ私ももう歳ですから。彼を担いで医務室まで行くなんて、とてもできません」

「……承知いたしました。枯木教授」


青年は落合を担ぎ上げ、研究室を去っていった。


 そして、再び研究室に静寂せいじゃくが訪れる。枯木は椅子の背もたれに体重を預け、ため息をつく。


「学生は殺す気で襲ってくるのに、返り討ちにすればこちらが処分される……。教職というのは大変ですね、全く」


そう言って枯木は目頭を押さえた。


 ここは武創大学。教鞭きょうべんを取る全ての講師が武器を持った、通称『全講師武装大学』である。

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全講師武装大学 鴻 黑挐(おおとり くろな) @O-torikurona

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