第二章 第13話「まかないの旅、始まる」

祭の余韻がまだ街のあちこちに残る朝、莉子はギルドの厨房で静かに荷をまとめていた。


「包丁、よし。調味料は……最低限にしておかないと」


厨房の明かりの下で、包丁が小さく震える。


(旅……だね。いよいよ、動き出すんだね)


まるで旅立ちを楽しみにするかのような反応に、莉子は少しだけ笑った。



第一の目的地は、スパイスの国・イベコスタン。

ザヒールが語っていた神霊香料の伝統と、霊具の気配――

包丁が小さく脈打ったのは、その名を聞いたときだった。


「きっと、そこに“何か”があるって、あの子が言ってる気がするの」


莉子は静かに呟くと、荷を肩に担いだ。



その夜、ギルド本部の会議室では、ミレイユがエリオットと向き合っていた。


「……あなたも、ついていくのね」


エリオットはフードを外し、黒髪を軽く揺らした。


「正式には“ついていく”わけじゃない。ただ……陰から、ね。見守るだけ。あの子が何を選ぶか、私も見ておきたい」


ミレイユは目を伏せて、わずかに唇を噛んだ。


「ずるいなぁ……私も、本当は一緒に行きたいのに」


「ギルドがあるじゃない」


「わかってる……でも、彼女は、あの人の孫。私にとっても、大切な“台所の継承者”なのよ」


ミレイユの指が机をなぞる。


「ガルドに、言ってみたの。『少しの間、任せられないか』って」


「で、なんて?」


そこへ、ギルド長ガルドが重い扉を開けて入ってきた。


「言ったさ。“行ってこい”ってな」


ミレイユは驚いた顔で振り返る。


「え……本気?」


「お前が今、行きたいと思うなら、それは“料理人”としての正しい感情だ。止めはしない」


だが、ミレイユは静かに首を振った。


「ありがとう。でも、私は……残る。今のギルドがあるのは、あの子のおかげ。けど、それを守るのは、私の役目だから」


その背中は、寂しさよりも責任の色に満ちていた。


エリオットが小さく肩をすくめて、立ち上がる。


「……ほんと、まじめよね。じゃ、私が代わりに、楽しませてもらうわ」



翌朝、莉子の旅立ちを見送るギルドの門前。


「気をつけて、莉子ちゃん! 変な料理には気をつけるのよ!」


「どっちかって言うと、莉子の料理に敵が驚くパターンじゃね?」


ティナとアレンが笑いながらも、その荷を手伝う。


ミレイユは一歩だけ前に出て、莉子の前に立った。


「……料理ってね、どんなに修行しても、ひとりじゃ完成しないのよ。

だから、どんな土地でも、どんな人にも、まっすぐ向き合いなさい」


「はいっ」


莉子は大きく頷いた。


背後の路地に、フードを目深にかぶったエリオットの影がひとつ。

その口元には、誰にも見えない微笑が浮かんでいた。



その頃、リヴァストリアの別の遺跡では――


封印された供物室に、黒衣の影がひとり。

石化した古代調理具の前で、何かを感じ取るように、まな板に手を置く。


「……また、震えたな。やはり、動いている」


「コラプスの餐」は動いていた。

次なる“封印の器”を探し、静かに、確実に。


そして今、もう一人の料理人が、知らぬまま、その道へ踏み出していた。


第二章 開幕――。

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