第11話「第三試練 ― 静謐なる決着」

試練祭、最終日。


第三部門――それは“神霊への供物”をテーマとした、三人一組のチーム戦であった。


調理台はくじ引きで振り分けられ、互いの国や流派を超えた料理人が即席でチームを組む。

与えられるテーマは「供物(くもつ)」。神霊に捧げるための三品を、連携と創意で仕上げなければならない。


「テーマは――“世界を鎮める献身”!」


司会の声とともに、祭壇の火が青白く燃え上がる。


莉子が組むことになったのは、黒髪の青年セイリュウ、そしてハーブの国グリュネラントのルティア。

観客席がざわめく。実力者揃いの“当たりくじ”だったからだ。


「私、おむすびを作ります。中心の一皿として、温かさを届けたい」


「なら私は、香りで導くスープを。火の静けさを伝えるわ」とルティア。


「……俺は、魂を呼び覚ます主菜を。火の核に、届かせる」


三人の視線が交わり、無言のうちに頷いた。


競技開始――制限時間は二刻。


莉子の包丁が素材に触れると、湯気のような光がふわりと立ちのぼる。

用いるのは、神米“モッサラ”、紅獣の背肉、古樹茸、祈り豆――いずれも神霊の儀式に用いられる高位の食材たち。


米を炊き、香味草と混ぜて炭火で焼き上げる。仕上げは肉味噌と香酢を絡めた“大三角むすび”。


(これは……神様に捧げるぬくもり)


ルティアは、聖緑冠の葉をベースにした癒しのスープを、碧色の光を放つ乳鍋で煮立てる。

その香りは、すでに観客席にまで届いていた。


セイリュウは、宵魚の身を鉄鍋で味噌焼きにし、山椒と発酵香酒で香りを引き出す。

彼の包丁は黒く光り、その動きはまるで詩のようだった。


だが、他の調理台も黙ってはいなかった。



【チームA:砂漠の三賢人(アラム連邦)】


スパイスと香りの王国アラムから来た三人の老料理人。

彼らのテーマは「熱と旅」。


・サフランと黒獣脂の炊き込み飯

・デーツと羊乳ソースの肉団子

・香辛料ゼリー寄せの酒精


「舌が旅してるぞ……!」

「砂の海を超えて星の王宮へ!」

「うおおおおおッッッ!!香りが、爆ぜた――!」


審査員席に香の幻像が立ち上り、ターバン姿の香神“フーシャム”が降臨したという。



【チームB:天の蒼殿(レフティール)】


信仰の国レフティールの若き司祭たちが挑んだのは、三段昇華の“祈り”。


・聖草の発酵パン

・白魚と乳ソースの静謐なメイン

・香木蜜ゼリーと果実の供物菓子


一口目で審査員の足元が輝き、光の柱が立ちのぼる。


「浮いてる……身体が……上がってる……」

「これは……舌による昇天……!」


結界の天井に天使の幻像が浮かび、一名の審査員がうっかり入信したと噂された。



【チームC:港の騎士団(ヴァンディナ)】


海都の若き料理騎士たちは、波と暴食をテーマにした海の供物で挑む。


・焼き岩貝と黒墨飯の大鍋

・香草殻付きエビの激辛串

・魔海果実の泡ジュース


「辛ッ!でも止まらん!ゴボボボボ!」

「なんだこの暴力的なうまさは!胃が祝福されてる!」


爆発的な辛さに、審査員のひとりがテーブルごと吹き飛んだ。



――そして、莉子たちの番。


まずはルティアのスープ。

口をつけた瞬間――

「っ……これは……!!」

審査員の背後に草原が現れ、朝霧が漂い、どこからともなく花が咲いた。

「心臓と森がリンクした……!?安らぐ……わたし……草になる……」


一人は椅子ごと崩れ落ち、緑化魔法のように髪が茂った。


次はセイリュウの皿。

焼き味噌と宵魚の重厚な香りに、審査員の目が裏返る。


「ウオオオアアアアアアッッ!!?」

「これ……この皿……竜だ!胃の中で神霊が目覚めたァア!!」

「咀嚼が……もはや儀式だッッ!!!」


机が真っ二つに割れ、審査員席から煙が立ち上がった。


最後に――莉子の供物おむすび。


静かに、一人の審査員が口へ運ぶ。

その瞬間、周囲がふわりとあたたかくなる。


「……かあさん……?」


かつて食べた、夜中の湯気の中の小さなおにぎり。

思い出が、味と共に審査員の胸に押し寄せた。


「……これは、“帰る場所”の味だ……!」


他の審査員たちが、一斉に涙を流す。

「供物とは……恐れではない。祈りだ……!」



供物の三皿が祭壇へと捧げられた瞬間――


青白く揺らめいていた炎が、すう、と静かに鎮まり――

最後にふわりと、金色の光を放った。


祭壇の魔術師が深々と頭を垂れる。


「供物、受理されました……神霊は満たされました」



その夜、試練祭の終幕とともに、莉子の名は“調和の乙女”として街中に広まった。


けれど、遥か彼方――


崩れた古代遺跡の地下。

黒衣の人物が、一振りの錆びた包丁を撫でていた。


「……まな板が、揺れた。封じられた鼓動が、再び……」


彼の背後では、巨大な板状の石器が、淡く脈打つように光っている。


「魂の刃が動き出す時……次は、封印を喰らわせる」


反世界組織【灰の厨房】。

その指導者、シュラズ=オルターが、静かに目を細めた――。

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