第10話「第二試練 ― 炎と香りの舞台」

試練祭二日目――雲ひとつない晴天の下、タイスウェン中央広場には、昨日にも増した熱気が満ちていた。

第一部門の即興料理で腕を競い合った料理人たちが、今日はそれぞれの“本領”を発揮する場を迎えていた。


「第二部門――調味料持ち込み創作料理、競技開始!」


司会の高らかな声が魔導スピーカーを通じて広場に響き渡る。

この部門では、あらかじめ登録された調味料を使用し、支給された共通素材をもとに自由な発想で創作料理を仕上げる。

テーマは“香りと記憶”。

味の構成だけでなく、匂いの印象や、それが呼び起こす心象――料理人の「物語」が試される。


莉子は自分の調理台に並べられた素材を見つめた。


・燻製処理された野草鶏のモモ肉

・甘みのある黄根豆

・森林ミルクとバター

・酸味の強い果皮と香草数種


腰のポーチから、慎重に3つの調味料を取り出す。


・発酵ベアロスの果実酢

・焼き乾燥させた“ルル香根”の粉末

・極少量の“山晶塩”


(香りと記憶――なら、私が届けたいのは“まかない”の想いだ)


一方、その数列先。

スパイスの国「イベコスタン」代表――ザヒールの調理場では、空気がすでに一変していた。


彼の手にあったのは、真紅に光る“焔胡椒(ほのおこしょう)”。

神殿で祈祷を受けた後に干されたというその実は、切られた瞬間、空気を焦がすような刺激を放った。


「――目覚めよ、アグニの息吹」


ザヒールが香油で炒めたラム肉に焔胡椒をすり込み、焼き始めた瞬間、仮設厨房の炎が一瞬だけ真紅に染まる。

調理台に備え付けられた火力計が一時的に跳ね上がり、魔力を感知した魔術審査官が小さくうなった。


■ 焔胡椒のスパイスラム・グリル

■ 発酵麦の平焼きパン

■ ライ麦と刻みトマトの冷製ピクルス


食欲を超え、肉体と精神に火を灯すような料理。

その香りだけで涙を浮かべる観客すら現れていた。


また、対角に位置するのは、ハーブの国「グリュネラント」の料理人――ルティア。


彼女の動きはまるで舞うようで、手元には聖なる香草“聖緑冠(せいりょくかん)”の生葉があった。

神霊の魔樹苑でしか育たないとされるその葉は、刻まれるごとに露のような香りを放ち、周囲の空気に朝霧のような湿度をもたらした。


香草を煮出したスープが仕上がるころ、周囲には静謐な気配が満ち、観客席には言葉を発する者すらいなかった。


■ 聖緑冠と白根菜の温製ポタージュ

■ 麦草香蒸し魚のフィレ

■ ブランシュベリーのスイートサラダ


癒しと浄化。

彼女の料理は“祈り”そのものだった。


――そして、莉子の番が来た。


黄根豆を炊き、潰して森林ミルクとバターでなめらかにのばし、山晶塩を一つまみ。

一方、香根を混ぜ込んだご飯を握り、野草鶏のスライスを香酢でさっと漬け、焼きながら重ねていく。


完成したのは、素朴ながら温かい香りの漂う一皿。


■ 野草鶏の香味おむすび

■ 黄根豆と森林ミルクの滋養スープ


(これは……誰かの疲れた心に寄り添う料理)


その想いが通じたかのように、包丁がまた、光を放ち始めた。


だが今回は、ただ光るだけでなく、香りの層が重なったときに“共鳴”が起きた。

空気が揺れ、匂いが渦を巻いて一瞬だけ花のように弾けた。


観客がざわめく。


「今の……香りが……広がった?」

「包丁の魔力が、香りに反応した……?」


そして審査。


ザヒールのラムには、力強くも引き締まった評価が与えられる。


「確かに、圧倒的な熱量だ。しかし一歩間違えば、味覚を焼き切る“火”になる危うさもあった」


ルティアのスープには、深い静寂が返る。


「これは……癒しだ。だが記憶に残るかというと、静かすぎるかもしれない」


莉子の皿が審査卓に並ぶ。


一口、おむすびを頬張った老審査員が、目を細めた。


「……これは、力を抜かせてくれる味だな。張り詰めた一日を解いてくれるような」


「見た目は素朴でも、技術と経験が隠れている。香りの重ね方も見事だ」


そして、黒髪の青年――セイリュウの審査。


出汁で炊いた魚と、刻みハーブの香り。

味の主張は控えめだが、食べる者の記憶の奥にある“静かな朝”を呼び覚ますようだった。


審査員は何も言わずに頷き、ゆっくりと箸を置いた。


「これは……懐かしさの中に、研ぎ澄まされた静けさがある」


その直後、セイリュウが静かに莉子に目を向けた。

目に浮かぶのは、ライバルとしての警戒ではなく、認識――そしてわずかな敬意だった。


競技終了後、控室にて。

ミレイユが、包丁を磨いていた莉子の背に語りかける。


「……あの子、“セイリュウ”。五百年前、この地に迷い込んだ異郷人の末裔よ」


「えっ……じゃあ、彼も……日本から?」


ミレイユは静かに頷きながら、遠い過去に目を向けるように言葉を続けた。


「転移したのは彼の先祖だけれどもね。昔転移してきた彼は、故郷を求めて長く彷徨い、そして東の果ての島でその生涯を終えたわ」


「東の……果て……」


「彼は晩年、狂ったように故郷の味の再現に力を注ぎ、多くの技術やレシピ、特殊な調味料を残したのよ。

その知識が一部、家系の中で受け継がれてきたの。セイリュウは、それをこの世界のやり方で磨いたんだと思うわ」


莉子は黙って頷き、包丁を見下ろした。


祖母と過ごした台所。家庭の味。

それが、この世界の誰かの心にも届くものであったと気づいたとき――


彼女の刃は、火と香りを映すように、穏やかな光を灯していた。

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