第9話「第一試練 ― 森の供物」

――祭の朝、空には高く雲が流れ、タイスウェン中央広場はすでに熱気に包まれていた。


色とりどりの仮設厨房が並び、観客席には王都貴族から旅の商人までがひしめいている。中央の祭壇では、開会の儀式として香の煙が上がり、神霊に向けて料理人たちの誓いが捧げられていた。


「第一部門――現地素材による即興調理、まもなく開始します!」


大会司会者の声が魔導スピーカーを通じて広場に響き渡る。

参加者の前に並んだ長机の上には、布で覆われた大きな籠が並べられていた。


「では、制限時間:一刻(約一時間)。調理に使えるのは、今ここに並ぶ素材と、水、最低限の塩と火力。準備が整い次第、布を外してください!」


莉子は迷わず包丁を手に取った。


手にした瞬間、柄からじんわりと熱のような感触が伝わってくる。

昨日よりもはっきりとした反応に、莉子は静かに深呼吸した。


布を外すと、籠の中には見知らぬ素材が山盛りになっていた。


・黒斑の野ウサギ(シェイラウサギ)

・森の根菜(リコト芋、黄センネン)

・赤い葉をつけた薬草(キュルベ)

・小粒の酸味果実(ベアロス)

・そして、卵型の“森茸”が2つ


「肉と根菜……脂は少なめだけど、香りは強い。これで攻めよう」


周囲では、他の参加者たちもそれぞれの素材に取りかかっていた。


素材の構成は、参加者ごとに“ある程度のランダム性”を持って支給されており、肉・魚・野菜・きのこなどが偏らないよう配慮されている。とはいえ、調理経験や発想次第で仕上がりに差が出る、試練祭ならではの“公平かつ過酷な構成”だった。


ある者は巨大な魚を捌き、臓器の扱いに苦戦しながらも手を止めない。

別の女性料理人は、森茸を生かしたパイ生地の包みに挑んでいる。

年配の料理人は、炭火と鋳鉄鍋を巧みに使い、焼き煮込み料理を仕上げていた。


誰もが真剣で、誰もが美しい。

“料理”という一点に全身を傾けるその姿に、莉子の胸も自然と熱を帯びる。


(私も、負けてられない)


莉子はまず、シェイラウサギをさばいた。


筋が細く、脂が少ないその肉は、火を通すと硬くなりやすい。

前脚と背肉を丁寧に取り出し、骨は香草とセンネン芋と共に煮出してスープを作る。


薄切りにした根菜はキュルベと和え、油で揚げ焼きに。

衣には、昨日の試作で使った“テュル粉”と“山晶粉”のブレンドを少量だけ使い、香りを閉じ込めた。


煮出した骨スープには、薬草を一匙だけ浮かべ、森茸を刻んで加える。


(体を温めて、胃に優しくて、揚げ物とのバランスも取れる……)


皿に盛り付けられたのは、

■ シェイラウサギの香草揚げ

■ センネン芋の根菜チップ

■ 森茸と骨スープの温製スープ


見た目は地味だが、香りと食感のコントラストが計算された一皿だった。


他の参加者の審査が始まっていた。


鉄鍋で仕上げた煮込み料理を出した老料理人の番。審査員たちは慎重にスプーンを口に運び、静かに首をかしげた。


「風味はあるが、やや火が入りすぎているな……肉の繊維が崩れてる」


続いて、森茸のパイを出した若い女性料理人。


「これは美しい……食感も良い。だが、スパイスが強すぎて茸の香りが消えている」


一人、また一人と、淡々と審査が進んでいく。


やがて、莉子の皿が審査卓に運ばれる。


そのときだった。


莉子の手元の包丁が、淡く輝いた。


観客の一部が息をのむ。


「……あの輝き方……」「まるで意思を持ってるみたいだ……」


「いや、食霊の宿った道具は珍しくないが……あれは“呼応”してる。まるで共鳴してるみたいに……」


料理人たちが使う調理器具には、多くの場合食霊が宿っている。

だが、光を放ち、魔力の波動を感じさせるほどの強い反応は珍しかった。

その刃は、素材に触れるたびに淡く光り、まるで料理を通じて意思を通わせているようだった。


莉子は気づいていた。包丁が、自分と料理に応えてくれていることに。


(もっと感じられる……この世界の素材の鼓動、包丁の声……!)


審査員たちが順に料理を口に運ぶ。

そのひとり――口髭をたくわえた厳格な老審査員が、莉子のスープを啜った瞬間、静かに目を見開いた。


「……これは、森の中の静けさと温もりそのものだな」


その言葉に、隣の審査員もうなずく。


「余計な技術を競うのではなく、素材と語らって生まれた料理だ。これは、良いまかないになる」


続いて審査されたのは、炭焼きにした魚と根菜を組み合わせた料理。

派手な盛り付けに観客の歓声が上がったが、審査員の評価は控えめだった。


「外見は華やかだが、味の調和がいま一歩……香りが勝ちすぎている」


そして――最後の審査に呼ばれたのは、あの黒髪の青年だった。


彼の卓に運ばれた料理は、見た目こそ飾り気がないが、器の中には美しい秩序があった。


森茸の炊き込み飯、薄く煮染められた芋の含め煮、香草で締めたウサギの酒蒸し。

どれも複雑な技術を排し、出汁と素材の香り、温度と余韻を大切にした“静かな一皿”だった。


審査員たちは、驚きも歓声もなく、ただ一口、また一口と静かに箸を進めた。


「……不思議と懐かしい」


「何というか……温度と匂いで伝えてくるような、そんな料理だ」


莉子は、遠くからそれを見ていた。


(あの料理……和食だ。煮物の切り方、味の含ませ方、そして盛り付け……)


彼の包丁もまた、微かに震えるように光を灯していた。

まるで、“別の時代”と繋がっているかのように。


第一部門終了の鐘が鳴り響く。

会場には静かな熱が残され、次の試練の幕開けを予感させていた。


莉子は包丁を見つめ、そっとささやいた。


「ありがとう。あなたと一緒なら、きっと――」


包丁の刃先が、静かに応えるように、ふたたび輝いた。

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