第4話「市場の香りと食材の謎」
――ギルド厨房の朝。
薄明かりの中、ミレイユがいつものように手際よく食材を仕分けながら、莉子に声をかけた。
「今日は市場に行ってもらうわ。“星鱗魚”を仕入れてきて。今が旬で、新鮮なものが出てるはずよ」
「わかりました!」
エプロンを外し、簡素な外套に着替えた莉子は、ハルメリアの街へと足を踏み出した。朝の陽光が石畳にきらめき、通りには活気が溢れている。焼き立てのパンの香り、果物の甘い匂い、香草の束を掲げる露店商人たちの呼び声が飛び交う。
(こういう賑わい、地元の商店街にちょっと似てる……でもやっぱり、全部が異世界だ)
市場の中央では、海の幸を扱う屋台が並び、香ばしい干物や魔導冷却された甲殻類がぎっしりと並べられていた。
「お嬢ちゃん、見るだけでも楽しいぜ。こっちは“雷海老”だ、刺激を与えると一瞬だけバチッと光るんだ」
「ここには“赤角貝”。スープにすると、滋養に効くって評判さ。食べすぎると鼻血が出るらしいけどな」
隣の屋台では、まるで目玉のような模様をもつ果物が山積みにされていた。ひとつ試食させてもらうと、酸味とともにふわりとした冷感が舌に広がる。
(魔導果実って、見た目も香りも強烈……でも、調理法次第で面白くなりそう)
その中で、ひときわ目を引く銀青色の魚が積まれているのを見つける。
「これ……星鱗魚ですね?」
「目がいいね、嬢ちゃん。今朝、港町から届いたばかりの上物だよ」
キラキラと星のように輝く鱗に、莉子は思わず見惚れた。そっと触れると、魚はかすかに身を震わせた。
「……生きてる?」
「仮死状態さ。食霊が沈静してる間に捌くのがコツ。魔導火で刺激を与えれば活性化するが、食霊が荒れると味が落ちる」
「食霊って、魔力みたいなものでしょうか……?」
「魔力よりもっと“命の揺らぎ”に近いもんだな。うまい料理人ってのは、食霊を静かに鎮めて、味に変えるんだ」
魚を包みながら、莉子はふと、腰に帯びた包丁へ視線を落とした。
(私の包丁でも……食霊を鎮められるんだろうか)
購入を済ませて市場を後にしたその帰り道、路地の隅で小さな影が蹲っているのが目に入った。
「ティナちゃん……?」
猫耳と尻尾。革鎧の隙間から見える細い肩が小さく震えていた。
「……おなか、すいて……足が動かなくて……」
「だ、大丈夫! すぐギルドに戻って、何か作るから!」
莉子はティナの手を取り、ギルドへと駆け戻った。
***
厨房に戻ると、ミレイユが無言で星鱗魚を受け取り、すぐに冷却魔導庫へ収めてくれた。
「調理していいわ。ティナのためでしょう?」
「はい……あの子、空腹で倒れかけてて……」
「だったらなおさら、食霊を乱さずに調理することね。素材の命を暴れさせたら、ただのエゴよ」
莉子は力強く頷いた。
早速、星鱗魚をまな板に乗せる。鱗は柔らかく、刃が吸い込まれるように入る。地球の魚とは違い、内臓に近い部位から微弱な発光が見えた。
(……これが、この魚の食霊……)
香草と塩で下処理し、魔導熱板の上で軽く炙る。燻製の香りと魚の脂が混じり合い、芳醇な香りが立ちのぼった。
「お待たせ、ティナちゃん。熱いうちに食べて」
ティナは目を丸くして、そっとひと口食べた。肉はふわりとほぐれ、甘みと燻香が口いっぱいに広がる。
「……っ、あたたかい……」
ぽろりと涙を零しながら、ティナはゆっくりと咀嚼を続けた。
「おかわり、いる?」
「……うん」
その様子を見ていたミレイユは、低く感嘆の息を吐いた。
「食霊が……穏やか。まるで、命そのものが安らいでるようね」
アレンも様子を見に顔を出し、皿を一口奪うようにかっさらった。
「うお、すっげぇ……この旨味と香り、しかも体がじわっと軽くなる感じ……」
「いいバフがかかってるのよ。食霊が穏やかに宿った料理は、身体を温めたり、集中力を高めたりする効果があるの」
莉子は驚いた顔で、自分の手を見つめた。
「私……本当に、そんな料理を作れたの……?」
その様子を見て、ミレイユはゆっくりと口を開いた。
「……あなた、“マギ”について、どれだけ知ってる?」
「えっと……魔力みたいなもの、ってアレンさんが……」
「そうね。マギはこの世界を構成する根源的な力。万物に宿る精霊のようなもので、それが“魔力”として人の中で循環するの。魔法の燃料、って考えると分かりやすいわ」
「じゃあ、“食霊”って……?」
「食霊は、マギが“食べられるもの”に宿った存在よ。野菜、肉、魚、調味料――どんな素材にも宿る。調理することで食霊が引き出され、それが料理の力になる。あなたの料理は、その力の引き出し方がとても上手い」
「……それって、なんでなんでしょう」
「さあね。でも、料理は“命を扱う術”よ。だからこそ、丁寧に向き合う人のところに、食霊は宿りやすいのかもしれないわ」
ミレイユはかすかに微笑み、頷いた。
「料理は命を扱う技術。あんたはちゃんとそれに向き合ってる」
ティナがぺこりと頭を下げる。
「ありがとう……。あたし、明日も来ていい?」
「もちろんだよ。また美味しいの作るからね」
そう言った莉子の笑顔に、ティナの猫耳がぴくぴくと揺れた。
(……ふわふわ……かわいすぎる……毎日でも見たい……)
莉子の心の声は、今日も厨房の空気をほのかに甘く染めていた。
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