第4話 大きい女、大月彩夏

「まーた、許可もなしに能力使っちまったのか」

「ごめんなさい。時間がなかったもので、つい」

「また痴漢したのか? そろそろ、免罪符にするのも難しい年頃だろうに」

「いえ、今回はこいつを使ったので問題ないです」

「こいつ? あ、もしかして君は」

「初めまして、ヒーローである神宮司大門のサポーターを本日より務めさせていただくことになりました。私、大月彩夏と申します。よろしくお願いします」


 ヒーローやサポーターが所属する警察の中で、私たちよりも地位の高い交番のおじい様が、私を上から下までゆっくりと見てきた。

 さすがにその見方は失礼じゃないか?


「へぇ……大きい人だなぁ」


 やっぱりすごく失礼な人だ、この人。

 私が気にしていることをすべて体現した言葉を放ちやがった。


 そう、私は大きい。

 身長はもちろん、筋肉もあるから体格がいい。

 そして……胸、おっぱいが大きい。

 全てにおいて大きいことが、私のコンプレックスである。


「何がですか? 身長ですか? それとも……」

「ああいや! そうじゃないんだ! 僕が見たのは君の」

「ジジイ、それ、職権乱用だぞ」

「ヒーローという役割を使って、大月さんの胸を揉んだ君に言われたくないなぁ」

「俺は、ヒーローじゃ、ねえ!」

「ちょ、やめ! 蹴るな! 玉を蹴ろうとするんじゃない!」


 またこの二人がいちゃつき始めた。

 本当に仲がいいんだな、この変態どもは。


 ちなみにだが、ボールを追いかけた少女とトラック運転手は、どちらも無傷だった。おそらく、あの歪でよくわからないサッカーボールのおかげである。あれは、この神宮司大門とかいうクソガキの能力だったのだろうか。まあ、そうなんだろうな。


「あの、話は終わってないんですけど」

「ご、ごめんごめん! 話を続けよう、か!」


 交番のおじい様はクソガキに腹パンをかました。

 クソガキは、呻き苦しんでいる。

 色々と問題が山盛りの行為ではある。しかし、すごくスカッとした。心なしか、青空に掛かっていた雲がなくなっていたことも相まって、青天が眩しく綺麗に思えた。


「ふう、僕が見ていたのは大月さんの容姿ではないよ」

「でも、私のこと上から下まで見ていたじゃないですか」

「そうだね、そういう風に見えていたんだろうね」


 なんだろう。このおじい様の話は要領を得ない。

 まるで、私が知らない世界の話をしているみたいだ。


「もしかして、能力を使ったんですか?」

「お、大月さんは賢いんだね。そうだよ、僕は能力を使った。交番の職員であることをいいことにね。一応、必要であれば使っていいみたいな許可は出てるから、実質、職務を全うしていればいつでも僕の能力は使えるんだよね」

「なるほど、その能力を使う手順として、私を上から下まで見る必要があった。そんなところでしょうか」

「全くその通りだよ! 大月さん、すごく優秀な人なんだね!」


 ここら一帯の住民は、人を褒めまくることに特化し過ぎな気がする。

 駅からさくら通りまで歩いている道中でも、幼児が私を見てキャッキャしてたし、それに対して母親が「綺麗なお姉さんねえ」みたいに声かけてたし、落とし物を拾ってあげたおじ様にも、「君みたいな綺麗な方に拾ってもらえて、このハンカチも本望だろうなあ」なんて言われたし。

 とにかく、何かにつけて褒めてくれる。

 危うく、この街の住民を好きになってしまいそうだ。


「僕の能力は”心を見る”という能力なんだ」

「あの、そんな簡単に能力を開示して大丈夫なんですか?」


 能力を持つ。これは、良いことばかりではない。むしろ、悪いことの方が多い人もいる。だから、この世の中において、能力を開示することはご法度扱いだ。別に開示してもいいが、自己責任である。

 とにかく、能力の開示はしない。これが一般常識である。


「いいんだよ、失礼なことをしたしね。それより、大きいといった理由だったかな?」

「えと、はい」

「あれはね、器が大きいって意味だよ」

「私の、器、ですか?」

「そう、まあ、心が大きいってことだね。大月さんほどの大きい心の持ち主は、世界中を探してもそんなにいないんじゃないかな? 時代が時代なら、大月さんは天下人にでもなっていたかもしれないね。いや、これからなるのかもしれないなぁ。そう思うと、なんだかワクワクしてくるね!」


 なんだか、話がどんどん壮大になっている気がする。

 私が天下人になる?

 うむ、全く想像できない。


「隙あり!」

「ぐぼあっ!」


 今度はおじい様が呻き苦しむ番だった。

 心なしか、青天の空が余計に青く輝いて見える。


「とにかく、話は終わりだろ。そろそろ帰るぞ、チチデカ」

「あんたねえ……せめて大月って呼んでもらえないかしら」

「ああ? 呼びにくいから、彩夏で勘弁してくれ」


 いきなり下の名前で呼ぶのか。

 私としては構わないが、なんだか私だけだと納得いかない。


「それなら私は、あんたのこと、大ちゃんって呼ばせてもらうから」

「はあ!? なんでそうなんだよ」

「ダメなら大月と呼びなさい」

「っ……! じゃあ俺も、あやって呼ばせてもらうからな」

「ふふん、別にあやちゃんでもいいけどねー」

「行くぞ、あや」

「はいはい、大ちゃん」


 結局、街案内はしてもらえなかったなぁ。

 今度、また一緒に歩いてみるか。


「大門」


 立ち去ろうとする私たちを、いつの間にか立ち上がっていた交番のおじい様が呼び止める。正確には、大ちゃんだけど。


「どうした?」

「お前、そろそろヒーローになって五年目だろう」

「まあ、便宜上はそうなるな」

「悪者を一人でいい。一人でいいから、倒せ」

「なんでだよ」

「お前、今年中に悪者を一人でも殺さないと、死ぬぞ」


 死ぬ、この言葉を口にするおじい様は、酷く辛そうな顔をしていた。

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