第2話 22歳、社会人5年目

 サポーターになって、今年で五年目になるかな。


 最低でも一年間はヒーローと同じ屋根の下で暮らす。

 これがサポーターの最低条件というか、最低期限だ。


 もちろん、一年以上の歳月を共に過ごす者たちもいる。

 なんなら、一生を添い遂げたり、結婚したりする人もいる。


 とにかく言えるのは、サポーターとヒーローの間には深い絆が不可欠だということ。そうでなければ、サポーターの意味はない。ヒーローを支えることが私たちの使命。それを果たすための道筋には、関係性の壁が必ず現れる。その壁をぶち壊すために、最低でも一年間を彼ら彼女らとの時間にあてなければいけない。


 大体の人は、一年間も共に過ごしていれば仲良くなってしまう。

 強制的に生活という作業を一緒に全うするのだから、深い関係性になることは必然なのかもしれない。


 まあ、その必然に、私は四回も外れているのだが。


 桜並木の外側を歩く。内側は車が行き来している。

 学生の姿が多い。ここら一帯の人は、家庭持ちが多いことを把握する。


「ヒーローが仕事するには向かない場所だよね」


 学生が横を通り過ぎて、桜の花びらが私の手元にやってきたとき、私は独り言ちてしまった。桜は微笑みを称えるような色で、私の言葉を受け止める。


 多くの人は、私と真逆の発言をするだろう。

 成人になる前の子供……いや違うな。

 夢見がちな人は、ヒーローという役割を見ることが大好きだ。


 あんなの、ただの人殺しをしている処刑人でしかないのにね。


 『さくら通り』と呼ばれている道の途中に、私がサポートする五人目のヒーローの住むアパートがある。このアパートの名前は『さくらとおり』というらしい。なんというか、古くてぼろいアパート、みたいな印象だ。昭和の時代に置いてきぼりにされたみたいに、たぶんもう光らない「さくらとおり」が階段前に貼り付けてある。


 見ているだけで、なんだか寂しい。


「あら、もしかして大月彩夏さん?」


 朗らかな笑顔で声をかけてくださるおばあ様。

 おそらく、ここの大家さんだろう。

 桜の花びらが、綺麗な白い髪の上に溶け込んでいる。

 かわいい。


「はい、そうです。これからお世話になる、大月彩夏と申します」

「そんなにかしこまらなくていいのよー。爽やかな名前にぴったりな、綺麗で格好の良い、でもどこか可愛げのある素敵な方なのね。会えてうれしいわ」

「えと、ありがとう、ございます」

「あら、もしかして褒められることに慣れていない方? 顔を赤らめると、ものすごく可愛いのねえ」

「あ、あの、そんな、感じです」

「ふふ、可愛いねえ。おばあちゃんがなでなでしてあげようねえ」


 ほれほれ、といった仕草で私をしゃがませるおばあ様。

 なんだか、すごく翻弄されている感じがする。


「あ、ありがとうございます、おばあ様」

「まあ、おばあ様ですって。なんて気品のある可愛らしい呼び方なのかしら。こちらこそ、ありがとうだわ。あなたを歓迎いたします!」

「何やってんだババア」


 おばあ様の後ろにある階段から少年の声がする。というか、ババアはないだろ。私、こういう年上の方を敬えない人とは仲良くなりたくないな。年齢とか、こういうの関係ないから。


「まあ! この子ったら、ババアですって! 実の祖母に対して、ババア! どう思います? 可愛い可愛い愛しの彩夏ちゃん!」

「へ? え、えっとぉ……そ、その……」

「やめろクソババア、人を困らせんな。ていうかその、あやか、とかいう奴は誰だよ。早く教えろ、人を困らせる害悪ババア」


 この子、実の祖母に向かって態度がひどすぎる。

 できることなら顔も合わせたくない。

 このまま声だけにしてもらいたい


「あまりに酷い、段階的な呼び方……おばあ様は泣きそうよ! えっとね、この方は今日から大ちゃんと少なくとも一年間は一緒に暮らす、大月彩夏さんよ。ほら、二人ともご挨拶!」


 数秒間、私と彼の間に大きな亀裂が走り続けた。


「え」

「はあ!?」


 クソガキが階段をドタバタ駆け下りてくる。

 こっち来るな、害虫如きが私に顔を合わせようとするな。


 おばあ様を通り過ぎて、私の目の前で静止する。

 こっち見んな、ごみクズ如きが私に顔を向けようとするな。


「こんな、クソデカ牛乳ホルスタイン女が……」

「おいもう一回その言葉を口にしろ、私が直々にお前という世界悪をこの場で抹殺してやる。覚悟してもう一回だ。ほら、早くしろ」

「あらあら……売り言葉に買い言葉、なのかしら」


 とりあえず、出会いは最悪。

 それしか今は、語りたくない。

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