第5話 ミミズ


目を覚ます。

体のあちこちが痛い。筋肉痛だ。


とはいえ、問題なく動かすことはできる。

朝食はレンジで温めたパックの飯に少し賞味期限が切れた納豆。

逸る気持ちを抑え、準備運動をし身体を解す。


今回は武器だけでなく戦闘を想定した防具も用意してある。

元々持っていたハードタイプのバイク用インナープロテクターを着る。

重く暑苦しいので、長い間動き回る探索活動には不向きだが、その分頑丈だ。

更に頭部を守るフルフェイスのヘルメットを被り、防刃手袋を付ける。

後は武器を手に準備完了だ。


三度目の異世界探索。


一つ深呼吸をしてクロスボウに矢を装填。

黒渦を発生させ、一息に飛び込んだ。


風景が変わった瞬間、素早く辺りを見回す。


―――いた。


幸運なことに小鬼はこちらに背を向け、しゃがんでいる。

その背中には前回逃げる際、俺が放り出して捨てた筈のリュック。

どうやら回収されていたようだ。


距離は100メートル程。

まだ射程範囲から遠い。

クロスボウで狙いをつける。

息を殺し、音を立てないように徐々に近づいていく。


・・・・・・くそ。リュックが邪魔だ。

折角背後から狙えるチャンスだというのに。

小鬼の歪な後頭部が見えるが、的としては小さすぎる。

俺の技量では当てられる自信がない。

狙うならば胴体だと決めていたのだ。


「ゴギャァッ!」


ちっ、気付かれた。

砂利を踏みしめる音が思ってたよりデカかった。


即座にしゃがんで片膝を立てた射撃体勢を取る。


小鬼が躊躇なく走ってくる。


焦るなよ俺。

引き付けて撃たなければ。

距離はまだ50メートル以上はある。


手が震えている。

大丈夫。大丈夫だ。

練習通りやればいい。


「アアアアッ!」


みるみる小鬼との距離が縮まっていく。

醜い形相で凶器を振りかざしているのがよく見える。

狙いは小鬼の胸、浮いたあばらの中央。

身体のど真ん中。


「ゴギャアア!」


もう少し。


もう少しだけ引き付ける。


――ここだ!

引き金を引き、ボルトが射出される。


「ギァッ!?」


当たった!

矢は狙いから下にズレて小鬼の下腹部に突き刺さっている。

刺さり具合からして貫通はしていないようだ。


「ギィィッ!」


小鬼はどてっ腹に矢を受けても逃げる様子はない。

寧ろ興奮している様子で、更に狂暴になっている。

まるで手負いの獣だ。


俺は即座にクロスボウを地面に置き。

背に括っておいた、お手製の槍を手にする。

クロスボウの一発で殺せるとは思っていなかった。


ここからが正念場だ。


身体に異物を埋め込まれた小鬼の動きは、見るからに鈍っている。

その太ももに槍を突き込む。


「ギャアアアッ!」


槍を握る手に、肉を抉る感触が伝わってくる。


凶器を持った腕を振り回し、尚も前に進んでくる小鬼。

小鬼との距離を取るため、後ろに下がりつつ、何度も同じ箇所へ突く。


さっさと倒れろよ!バケモノめ!

小鬼の片足が血だらけでズタズタになる。


「グギェッ!」


小鬼が転がり、仰向けで地面に倒れた。


「オラアアアアアっ!」


俺は叫びながら小鬼の上半身に槍を突き刺す。

突き刺す。

突き刺す。

突き刺す。

突き刺す。

突き刺す。

突き刺す。


「グギャアァッアアアア!!!」


畜生が。

まだ息があるのか。


「し、死ねっ!早く死ねよッ!」


小鬼が血を吐き出しながら激しく手足をバタつかせている。

無我夢中。

俺は血塗れになった槍先を、抉るように深く胸に突き込んだ。


「アッ・・・・・・ガゴ・・・・・・ォ・・・・・・ッ」


小鬼が口から血の泡を零し、ようやく動きが止まる。

先端に取り付けていたサバイバルナイフが、突き刺さったままの状態ですっぽ抜ける。

思わずバランスを崩し情けなくも尻もちをついてしまった。


「はぁッ!はぁッ!はぁっ!はぁ・・・・・・ッ!」


血だらけになった小鬼は、もう動く様子はない・・・・・・。

どうやらちゃんと殺せたようだ。


「ぶはぁ・・・・・・っはあぁっ」


ヘルメットを取る。

暑苦しくてしょうがなかった。


「つっ!?なんだっ!?」


突然、小鬼の死体から青い靄の様なものが立ち昇る。

青い靄は追尾し、狙いを澄ましたように俺の身体へと吸い込まれていく。


ま、不味い。

毒かの何かだろうか?

突然の現象に驚いて何も対処する事が出来なかった。


暫くすると、視界の端にあるステータスの表示に変化が起きる。


『階位が上がりました。』


千錠 誠

階位1→2


生命力3→4

魔力9000/18000

筋力5→7

技量7→8

精神3→4

持久力4→6

速さ3→4


[スキル]

鑑定1


[固有スキル]

異次元操作

再発生


「数値が上がった。レベルアップしたようなものか・・・・・・?」


俺は強くなったのかもしれない。

全く実感は湧かないが。

最早どういう原理だのと考える気すら起きない。


何はともあれ、脅威を除くことには成功した。

この手で、人型の生き物を殺したのだ。

生々しい実感が、はっきりと手や耳に残っている。


こんな奴がこの世界にあとどの位いるのだろうか?

辺りを見回す。

小鬼はこの一体以外見当たらない。


突き刺さったままのサバイバルナイフと矢を回収する。

小鬼の真っ赤な血で手が汚れた。

地面の砂で血を拭い、小鬼の背負っていた血塗れのリュックを回収する。

リュックは所々無残にも引き裂かれていた。

中を確認してみる。


「うげぇっ」


リュックの中には俺の買った道具は入っていなかった。

代わりに湿った土塊とミミズのような、小さい謎のワームが無数に蠢いていた。


「・・・・・・」


俺は無言でリュックを捨てた。

今日はもう帰ろう・・・・・・。








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