第4話 クロスボウ

小鬼。


それがあいつの名前、あるいは呼称なのだろう。

もう一つある表示、階位5とはなんだ?

俺のステータスにも記されていたが・・・・・・。


「グギャアァー」


意識がウィンドウに向いていると、微かに叫び声が響いてくる。

―――まさか。


双眼鏡を見ると小鬼がこっちを向いて牙を剥いていた。


不味い。

俺の存在に気付いたようだ。

いつの間にか風向きが変わり、こっちが風上になっている。

匂いで察知されたのだろうか。


うっ、小鬼が何か喚きながら走ってくる!


「こ、こんにちはー!」


雰囲気的にどう考えても無駄そうだが、一応日本語で呼びかけてみる。


「グギャアァーッ!」


ダメだ。意思の疎通なんて望めそうにない。


迷ってるうちに距離が縮まり、小鬼の姿がよく見えてきた。

なんというか。こちらを害する気マンマンの表情だ。

目は黄色く、歯が獣のように尖っていた。

顔は一般的な見た目で言えば醜い顔と言えるだろう。

片手には凶器になりそうな鋭利な棒を握っている。


「クソっなんなんだっ」


重いリュックを放り出し、背を向けて逃げる。


「グギャーッ!」


小鬼の叫び声が背後から聞こえてくる。

尚もこちらを追ってきているようだ。

もう手遅れだが、ナイフやクマ避けスプレーを事前に取り出しておくべきだった。

しかし、今更後悔してもしょうがない。

今は走る事に集中する。


「ハァッ!ハァッ!ハァッ・・・・・・!」


無我夢中で走り続けていると小鬼の声が徐々に離れていく。

どうやらこっちの方が足が早いみたいだな。

小鬼と呼ばれるだけあって、体格は俺と比べると小さかった。

背丈など小学生位だった気がする。

とはいえ相手は凶器をもってるのだ。

そんなフィジカルの差など、ただの中年には無と変わらない。


「ふっ・・・・・・はぁっ・・・・・・はぁ・・・・・・・っはぁっ・・・・・・・!」


既に足に限界が来ていた事と、日頃の運動不足が祟り、息は直ぐに絶え絶えとなる。


「ぜぇっ・・・・・・ぜぇえぇ・・・・・・っ」


背後を覗き見る。

・・・・・・よし。

大分引き離せたぞ。

小鬼の姿が豆粒程となっている。

だが、まだこちらを襲うのを諦めていないようだ。

ここは見通しが良いため、このままでは延々と追い掛けっこになるだろう。


一旦、出直したい。

黒渦の発動を試みる。


「はぁはぁ・・・・・・よ、よしっ!」


よかった!成功だ・・・・・・!

疲労困憊で上手くいくか不安だったが、発動できた。

そのまま走りながら黒渦へ飛び込む。





見慣れた部屋に降り立つ。

膝から崩れ落ちるように大の字にフローリングの床に倒れた。


「はぁっ!はぁっ・・・・・・はぁぁ・・・・・・っ」


全身、汗と埃まみれだ。


「クソ・・・・・・なんなんだ。あの生き物は」


敵対生物。

人間じゃなかった。

攻撃性の高い、人の形をした化け物だ。


あいつを何とかしなければ探索は難しいだろう。

その何とかするというのは殺すことだ。


化け物と殺し合う覚悟が必要だ。

恐ろしいが、諦める気はない。

殺し合いをする為の対人用の装備が必要だ。

サバイバルナイフを持っていたが、あんな刃渡りの短いものではどの道、心許なさすぎる。


時刻を見ればまだ昼過ぎだが疲労でもう動く気力が湧かない。


「ああ。そうだ」


魔力の数値を確認する。

・・・・・・予想通り、空になっていた。


今夜もまた深夜に警備のバイトがある。

シャワーを浴び、歯を磨き、タイマーをセットして眠ることにした。




―――夜の10時に目が覚める。

時間の感覚が滅茶苦茶になっているな。

ステータスの魔力を確認しなければ。


・・・・・・よし。魔力は全快している。

予想通り、睡眠で回復するらしい。


冷凍チャーハンを器に移し電子レンジで温める。

その間に通帳を引き出し、残高を確認した。

使う当てのなかった金はまだ300万近くある。


今、一番欲しいのは遠距離攻撃の手段だ。

重火器があれば最高だが、そんなもの日本で手に入る訳がない。

となれば弓やボウガン、スリングショットの選択肢が頭に思い浮かぶ。


温まった冷凍チャーハンを食べながらネットで関連した情報をざっと調べる。

分かったことは弓は高い技量が求められること。

素人ではまともに飛ばすことすら難しいようだ。

弓を使用するには長期的な計画が必要になる。

そんな悠長に準備してる気にはなれなかった。

クロスボウは近年起きた殺傷事件の影響で、所持しているだけでも違法になっていた。

購入するにも、所轄の警察で所持許可を得る必要があり、時間もかかる。

残るスリングショットが一番敷居が低そうだが、殺傷力を持たせる為に工夫が必要そうだ。

とりあえずネット通販で防刃効果のあるケブラーニットパーカーを購入する。

届くのに数週間はかかる。


その後、色々迷った末にクロスボウを用意することに決めた。

海外の制作動画を参考に自作を試みることにする。

クロスボウの方は警察にバレたら3年以下の懲役、又は50万円以下の罰金だ。


両親は病で死んでるし、友達も恋人もいない。定職にもついていない。

俺はいわゆる、社会的に失うものがない無敵の人である。

構うものか。


あの異世界は手段を選んでいられるような環境ではない。

やれることは、なんだってするつもりだ。


いくつかの動画を視聴し、一通り必要な材料や加工機材をメモする。

この時間では店は閉まっているな。

クロスボウの製作は明日になりそうだ。


深夜の警備バイト中は、小鬼を殺すためのイメージトレーニングを繰り返す。

そうしていつも通り、何事もなく仕事を終えて帰宅し、家の雑事を済ませた。



朝一で以前買い物をしたホームセンターへ向かう。

サバイバルナイフ、リュックを再購入。

クロスボウ製作に必要なもの以外にも牧割り用、全鋼の大鉈。

装着するベルト、防刃グローブを購入。

最後に60センチ程の棒状の木材を手に入れた。


家に帰宅し、早速クロスボウの制作に取り掛かる。

無数にあるタイプの中でも単純な機構のモノを選んで制作を開始。

手先は器用な方だ。なんとかなるだろう。


・・・・・・気が付けば窓の外は真っ暗になっていた。

食事も忘れてこれだけ物事に集中したのは久しぶりだ。


「・・・・・・こんなものか」


材料の削りカスや切断した破片で俺の部屋は酷いことになっていた。

加工する際の騒音も相応に出ていたが苦情が来ることはない。

俺の住む二階建てのオンボロアパートは管理会社が不真面目なのか、あるいは単に不人気物件なのか、両隣と下の階は空室である。


見た目からして荒削りなクロスボウが目の前にある。

部屋の中でまずはクロスボウの試射をする。

しかし、コレが中々うまくいかない。

弦と引き金の具合に手古摺る。

悪戦苦闘しながら調整に試行錯誤すること数時間。

どうにかこうにか矢を発射し、的に当てることができるようになった。

的にした木の板の刺さり具合を観察するに殺傷力もそれなりにありそうだ。

昨日の今日で素人がここまでできたのなら上等な方だろう。

射程は1、20メートルってところだ。

・・・・・・つまり、かなり近づかないと効果は発揮しない。

おまけに一発撃つとリロードに時間がかかる。

二発目はないと思った方がいいだろう。


最後はメインウェポンである槍の制作だ。

こっちが本命と言っていい。

ホームセンターで新たに買ったサバイバルナイフを取り出す。

欅の棒先端を加工して装着。更にテープでしっかりと固定した。


「・・・・・・用意はこれ位にしていこうか」


奴との殺し合いは一眠りしてからだ。

シャワーを浴び、ベットに横になるとすぐに眠気に襲われ、意識は落ちた。















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