第3話 探索



目が覚め、時計を見ると早朝5時だった。

どうやら10時間以上寝ていたらしい。

歳のせいか分からないが身体はまだダルい。


寒々とした空気の中、布団をどけて立ち上がる。


―――腹が減った。

考えてみれば昨日は何も食べてないことに気づく。

冷凍庫を開け、適当にストックしてあった冷凍食品の和風パスタを取り出す。

トレイ付きで器を用意する必要のないタイプのやつだ。

電子レンジで温めて食べながら考える。


昨日起きた事を。

穂乃実の痕跡、異世界の事、黒渦の事。

視界の端には相変わらずステータスが表示されている。

その中に気になるワードがあった。


「固有スキル、異次元操作・・・・・・」


黒渦はやはり異次元操作とやらによる産物なのだろうか。

異世界へと渡る力。

荒唐無稽で滅茶苦茶な話だ。

しかし、この身で実際に体験したのだ。

この力は本物だ。


ふと、どこかの研究機関に知らせるという考えが頭をよぎった。

・・・・・・なしだな。


飢えと渇きが癒された今、俺の中では既にあの不気味な地をもう一度探索したいという衝動が生まれていた。

俺の人生の中でただ唯一、心残りだった幼馴染の事が何か分かるかもしれないのだ。

他の事柄なんて、どうでもいい。


ただ、次の探索はある程度、事前に準備をしてからにするつもりだ。

最低でも渇きの対策が必要だろう。

そのための貯金なら十分にある。

仕事の収入は少ないが支出も少ない生き方をしてきた。


長い間空虚だった胸の奥に、活力のようなものが湧いてくるのを感じる。

明確に目的をもって行動するのは本当に久しぶりな気がした。





今夜は深夜警備のバイトだ。

まだ時間はあるのでその間に異世界探索の準備に必要なものを買いたい。

ネットでキャンプ用品が売ってる店舗を調べる。

近場に割と大型のホームセンターを見つけた。

ここなら一通りの品が揃ってそうだ。


貯金を下ろし、そのまま店に向かう。

登山用のリュックにシューズ。

双眼鏡とコンパス、念のため熊よけスプレーとサバイバルナイフも購入した。

後は飲料ペットボトルや携帯食料としてカロリーバーを買い込んで準備完了だ。

思いついた物から取り急ぎ買い漁った感じだな。

これで見渡す限りだったあの荒野を、前よりも長く活動できる筈だ。


深夜になり、バイクでバイト先の現場へ向かう。

俺のアパートから30分といったところだ。

巨大ショッピングモールでの深夜警備となる。

俺が住んでいる地方都市はどこも人手不足だ。

仕事の内容を選ばなければ働き口は幾らでもあった。

その中でも警備の仕事は人と関わることが少なく、俺に向いている。

警備の制服に着替え、静まり返る暗闇の中、巡回ルートの見回りをする。

そして毎度のことながら何事もなく終わった。


夜が明ける頃に家に帰宅する。

コンビニで買ったおにぎりとインスタントの味噌汁で手早く食事を済ませる。


早速購入したばかりの装備を身に着けて準備完了だ。

三度目となる黒渦を発生させる。


・・・・・・成功だ。

割とスムーズに再現できた気がする。


ステータスを見ると魔力の数値が18000から9000に減じていた。

黒渦の発動に9000消費されるということなのだろう。

となると、昨日は二回使って空になっていた筈だが、いつの間にか回復してたことになる。

思い当たることと言えば食事や睡眠辺りだろうか。

ステータスの魔力の数値変化を確認しておく必要があるな。


黒渦へと手を伸ばす。

転移する際の感覚は未だ慣れないままだ。


―――異世界探索2回目。


乾いた風が顔に吹き掛かり、目を細める。

ゴーグルを用意すればよかったか?


空は不気味な雲に殆ど覆われており、薄暗い景色となっていた。

体感では前回よりも気温が低い気がする。


辺りを見回す。

どうやら景色を見るに前回帰還した時と同じ場所のようだ。


黒渦での出入りは、同じ位置になるのだろう。

ポケットに入れておいた穂乃実のストラップを一握りしめる。

色々試したいことがあった。

歩きながらコンパスを取り出してみる。

うわ。ダメだこりゃ。

コンパスの針がグルグル回り続けている。

次にスマホを取り出してみる。

こちらは予想通り、圏外だ。

念のため、ダメ元で試そうと思ったことだし、別にいいさ。

今は時計代わりに使う。


「はぁ・・・・・・ふぅ・・・・・・」


歩き続けて1時間が経過した。

時折、双眼鏡で周囲を見回し観察する。


汗ばんだ肌に砂が張り付いて気持ちが悪い。

リュックの重さが背中に重く圧し掛かる。

荷が多すぎたかもしれない。

特に重量があるのは水だ。

4リットル分入れてある。


更に4時間程歩く。

もう両足が棒のようになっている。

筋肉痛は確定だろう。

一旦立ち止まり、携帯食を頬張りながら水分補給をする。

既に2リットルのペットボトル一本分を消費していた。


「はぁ・・・・・・」


一息をつき、再び双眼鏡で周囲を観察する。


「・・・・・・あれは」


なにかが遠くで蠢いている・・・・・・?

いや・・・・・・人影だ!

状況の変化に興奮し、疲労でもつれそうになる足を動かし駆寄る。


「おぉーい!」


大声で呼びかけるが声は届かない。

距離もあるし、強風が吹き荒んでいる。

肉眼では米粒程度の影の塊にしか見えない。

恐らく1km以上は離れているだろう。


人影がその場から動く様子はない。

追いつける。


それから数分。

距離を詰める内に頭が冷静になってくる。


・・・・・・不用心が過ぎた。

我ながら馬鹿過ぎる。

歩みを止めてしゃがむ。

幸い向こうはまだこちらに気づいていないようだ。

彼我の距離はまだ5、600メートルはある。


更に服が汚れるのを気にせず地面に伏せる。

双眼鏡を取り出し、謎の人影を観察してみた。

距離が縮まり、その姿を大分詳細に見ることができた。


「あれは人・・・・・・なのか?」


ぱっと見では、ボロ切れを纏った子供のように見える。

双眼鏡から見てるせいか、大小関係はよく分からない。

肌が緑色で、頭部がわずかだが横長に歪んでいるように見えた。


地面を尖った棒状のモノで掘っているようだ・・・・・・。

何かを食べてる?


暫く観察していると、ステータスの横に新しい表示が生まれた。


小鬼。 

階位5


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