第4話


「あっはっは! いやぁ、君のあんなに驚いた顔なんて初めてみたよ」

 幾つかの手続きを終えて、メモリと面会を終えたキオクを部屋へ送って行った帰り。

 当の上司からくつくつと楽しそうに笑われて、キロクは半眼になった。


「……別に驚いてなどいませんが?」

「いーや、驚いていたね! いやぁ、良いものを見た。堅物な新人くでも、驚く事があるんだなぁ」

「だから新人君はやめて下さいと……」

「だがな、新人君」

 いつもと同じ苦情を言おうとした時、メモリはスッと真面目な顔になった。

 先ほどまで面白がっていた丸眼鏡越しの瞳が、忠告するように真剣なものへと変わる。


「いくら風変りな子でも代替人にはあまり関わるな。これからも、この仕事を続けていくならな」

「……今までも関わったことなどありませんが」

「ああ、知っているよ。これは、まぁ、お守りみたいなものだ。私はこの仕事をしていて、正気でなくなった者を何人も見ている」

「メモリはどうなんです?」

「私がまともに見えるなら幸いだよ」

 メモリはそう言うと、キロクの肩を軽く叩く。

 その時には、表情は元の飄々としたものに戻っていた。


「代替は二週間後だ。いいかい、新人君。決して――」

「逃がすな、ですね。何度も言われなくとも承知しています」

「……そうか、それならばいいんだ」

 メモリはそう言うと、くるりと背を向け、

「それじゃあ、頼んだよ」

 と軽く手を振りながら、自分の部屋へと向かって歩いて行った。


 それを見送ってから、キロクは反対方向へと歩き出す。

 リカバリーシステムの点検作業があるのだ。


 あれは、ある意味で爆弾のようなものである。だからこそ毎日欠かさず調子を見て、僅かでも異常があれば即座に対応しなければならない。

 下手に手を抜いた時に何かあれば、クレスメントの街一つが簡単に消し飛びかねないものなのだ。


 ただ、そんなものであっても、人間は手を抜く生き物だ。

 チェック項目通りに真面目にそれを行っているのはキロクくらいである。

 大体の役人は、さらっと点検してそれで終わり、という感じなのだ。


 何せリカバリーシステムは大きく複雑な装置である。

 項目通りに細かく点検していると二時間以上かかってしまうのだ。

 だから大体の役人は、大事な箇所だけしっかりと点検するだけに済ませていた。


 そんな話をキロクは初めてついた上司から聞いた。その時にキロクは「馬鹿なんですか?」と上司に返し、場を凍らせた事がある。

 だって、実際に愚かな事だと思ったのだ。あれほどに大事な装置を、一歩間違えば凶器になりかねない装置を、人の命を奪って成り立っている装置を、そんな風に簡単に扱って良いはずがない。


 しかし最近は同時に、こうも思うようになった。

 自分より長い期間役人でいる彼らは、あの装置を直視する事が辛かったのではないか、と。

 先ほどのメモリの言葉通りだ。正気を保つために必要な事だったのかもしれない。


「……怠惰な事に変わりはありませんが」

「たいだです?」

「!?」

 呟いた言葉に反応があって、キロクはぎょっと目を剥いた。

 そして慌てて声の方へ顔を向けると、そこには先ほど迎え入れた代替人の少女、キオクの姿がある。


「……いつからそこに」

「驚かせて失礼をば! 来たのはうど今です。お手洗いをお借りしようと思ったんですが、場所が分からなくて」

「ああ、失礼。案内していませんでしたね。そこの通路を曲がって直ぐです」

「なるほど。ありがとうございます!」


 キオクはにこっと笑って軽く頭を下げた。そして軽い足取りでキロクが教えた方向へと歩いて行く。

 ちなみにキロクが向かう先も同じ方向だ。しかし、お手洗いに向かう少女について行くのも何だかなとキロクは思ったので、その場で少し待つことにした。

 すると、少し歩いた先でキオクが足を止め、振り返る。


「あ! そうだ! ところで、今日の夕飯は何時ですか?」

「十八時頃です。部屋の方へ運びますから、そこで食べて下さい」

「朝とかお昼は?」

「朝は七時、お昼は十二時頃ですね。それも部屋の方へ私が運びます」

「お部屋かぁ……あの、たまに外で食べても良いですか?」

「外?」


 そう言われてキロクは目を瞬いた。

 外、と言われても。

 キロクは窓の外へ目を向ける。そこには中庭が広がっていた。


「……そうですね。敷地内の中庭でしたら良いですよ。しかし何でまた」

「室内にこもりっきりって息が詰まりませんか?」

「空調は修理したばかりですが……」

「いえいえ、こう、気分的な? でも、やったー! ありがとうございます、そうします!」

 そう言うと、キオクはスキップしそうな勢いで、通路の向こうへと消えて行った。


 そんな彼女を、キロクはやや呆然としながら見送る。

「……そんなに喜ぶ事だっただろうか」

 得体のしれない、未知の者。

 そんな類に遭遇したような奇妙な感覚を覚えて、キロクは首を傾げたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る