絶望の水底で、支配と渇望が静かに反転する、心を打たれる物語。
- ★★★ Excellent!!!
この作品は、堕落と孤独の底で出会った二人が、互いの欠落を餌にしながら名づけようのない関係へ沈んでいく、静謐で残酷な心理寓話ですね。
飼の章の冒頭に描かれた嘔吐と腐臭が読む者を一気に地面へ引きずり下ろし、宮代の無機質な声が落ちてくる瞬間、世界が別の相へ切り替わる。その鮮やかな転換にまず惹き込まれました。
鱗の章では人間でありながら魚として扱われるという倒錯が、主人公の自己否定と奇妙に噛み合い、読者を彼女の視点へ沈めていきます。
そして紅の章では、紅いネイルという小さな装飾が、支配と服従の反転を告げる儀式の道具となり、宮代の隠された欲望の核を暴き出す。水槽の底に沈む紅いチップは、鱗であり花弁であり、二人の関係の証拠であり呪いでもあるという象徴性が見事でした。
閉ざされた儀式の中で成立したこの歪んだ関係が、どこへ向かうのかを示さないまま終わることで、読む者の倫理観と想像力を強く揺さぶります。
最後の「あたしたちの行方はその後、杳として知れない」という余白は、この先を想像させるための、最も美しい終わり方だと思います。