06 失われた古代の地下都市

「まだか……」

「下りるだけなのも疲れるね」

「そりゃあ足腰に負担がくるからな。もしかして、莉々さんは負担がきたんですかね?」

「むっかつく!!」


 こうしてふざけ合ってるうちはまだ余裕だからいいが、いい加減どこかに着いてくれないと、莉々のことだから俺に甘えてくるんじゃないかという嫌な予感が浮かんでくる。


「つ、疲れる~ね、ねえ逸器さん」


 ほらな、普段使わない『さん付け』を使って俺に甘えてきやがった。どうせ足はがくがく状態で限界を迎えてるんだろ。俺にはお見通しだ。


「……なんでしょうか? お嬢ちゃん」

「は? 子供じゃないし!!」

「もう少しで着く……はずだから、その怒りを自分にぶつけて歩けよな」


 俺も疲れてきているし、そろそろ着いてもおかしくないんだが。


「…………ねぇ」

「おんぶなら却下」

「違うし。そうじゃなくて、今から行くところってジオフロント計画とは違う地下だよね? そんなのってあり得るのかな……学園でそんな話聞いたことないし、何でこんな大深部が存在してるのかなって」

「まぁ……」


 異能を持つ生徒ばかりかき集めてる学園が全てを明らかにするわけがない。純粋な莉々には分からないだろうけどな。


 ――とはいえ、こうして俺たちが地下へと進んでいることに対しては、学園もおそらく把握しきれていないはずだ。


 学園の思惑とは別の秘密がこの先に隠されている……そんな気がしてならない。


「行けば分かるだろ。心配するなって」

「う、うん~」


 散々騒いでいたくせに、徐々に不安になってきたせいかいつになく莉々が弱気になっている。


 俺も不安がないわけじゃないが、異世界での経験があるおかげで莉々ほど恐れも怖さも感じてはいない。俺に何かあれば、魔装化で自分を変えられるという潜在的な強みを残しているというのもある。


「はひぃ~……逸器さぁん~」


 流石に限界か。


「…………仕方ない、莉々の成長をこの身に感じ……いや? 着いたっぽいぞ、莉々」

「ほぇ?」


 どれくらい階段を下りたか分からない、それくらいの体力を消耗した。莉々の返事がかなり怪しくなってきたが、ようやくゴールにたどり着いた。


 上の暗闇空間とはうって変わり――空は灰色に染まっている。


「大深部のはずなのに空がある……作り出された空なのか、それとも?」

「あれぇ? いつの間に外に出たの?」

「ここは外じゃない。多分だけど」

「じゃあ何で空が見えているの? それに誰も出迎えてくれないじゃん~」


 灰色の空が確かに見えているが、眼前に広がる光景は廃墟と判断していいのか迷うくらいの無数のビル群。


 莉々の言う通り、出迎えどころか人の気配がまるでない。しかし大深部……地下深くにあるとは思えないくらい、広大なエリアだ。


 古代都市というのは異世界でもいくつか見たことがあるが、それらは地下ではなく地上の世界に残されていたものだったし、わずかながらそこに居着いている者の姿や存在もあった。


 だが、これはまるで忘れられた古代都市そのものだ。人も機械もない、ただ置き去りにされた都市。


 どこまで行けるのか分からない広大なエリアに誘われたはいいが、異能を持つからといって迂闊に踏み込めない領域だ。


「ねぇ、逸器。誰かいないのかなぁ?」

「どうだろうな。ただ、俺たちはあの光に誘われてここまで来たからな。何かあるのは違いないだろ。無かったら何のために来たって話になる」

「……だ、だよねぇ」


 そうは言ったが、今のところ何者かが現れる気配はない。


 だからといって探索もしないで戻るのはもったいないし、あの延々と続く階段を戻るのはまっぴらごめんだ。地上に戻ることを諦めてここに留まる選択をするのが賢い選択になるはず。


「莉々。下り階段の疲れはもう回復したよな?」

「え? う、うん。あれ以上下り階段が続いていたら、逸器にだけいい思いをさせるところだったから危なかったよ」

「はいはい」

「わたしの魅力再発見! それをさせなかったのは惜しかったけど~」


 莉々は調子よくその場で回転して、俺をおちょくってみせる。


 体の回転をさせて回りに起きた変化に気づかなかった莉々は、俺だけに視線を向けているが、俺は別の何かに気づいてしまった。


 そしてそれは、莉々をめがけて向かってくる。


「莉々!!」


 くるりと回転させた莉々の体勢は、本人が意図しない限り平常に取り戻すのには時間がかかる。それを待っていれば手遅れになる――その前に、俺は莉々に覆いかぶさり、彼女に放たれていた何かから辛うじて防ぐことが出来た。


「ええっ!? だ、大胆だなぁ。逸器がまさかそんなことをするなんて……」

「……ふぅっ。何も気づいてないようで良かった……」

「え、何が?」


 莉々に命中する寸前で防いだのは良かったが、よりにもよって無防備な背中に当たってしまった。致命傷レベルではないが、ほんの少しだけ自然治癒の時間が欲しいところだ。


 魔装も背中だけはどうしようもないからな。


「……悪い、このままお前にかぶさっておく……少しだけ頼む」

「ほぇっ? え、ちょっと……逸器? ど、どうしちゃったの? ねえ、ちょっ――え? 赤い……血…………血がでででで……」


 かすり傷に騒ぐなよ、全く。


 すぐだ。


 すぐに……治る――そしたら、俺たちを監視している奴にやり返してやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る