07 ハリボテの都市と旧世代人
こうして傷を負ったことで気づいたが、手傷を負っていつの間にか消えたあの女性は、ここの奴らに傷を負わされた可能性が高い。
俺が気づいていないだけでここにはそれだけの連中が隠れているうえ、それらに対抗する側の者たちも離れたエリアに潜んでいる――そんな気配を感じられた。
これも異世界にいた経験が生きたおかげだな。
……それはそうと。
「うっうっうっうっ……逸器が死んじゃったぁぁぁぁ~」
あれくらいで死んでたまるか。
しかし、アイドルとして華やかで純粋な世界しか見たことがない莉々にとって、俺のかすり傷から流れたわずかな血だけでもそう思ってしまうのも無理はない。
それにしても、さっきとはまるで逆になってしまった。莉々に覆いかぶさっていた俺にとって代わり、莉々の体が俺の顔にかぶさっている。
結局これのおかげで、莉々の成長っぷりを肌で感じることが出来てしまった。
言うべきか言わないべきか迷うところだが、このまま泣かせていると隠れている奴らが一斉に襲い掛かりかねない。
そうなる前に俺の元気アピールをするしかないだろうな。
「逸器ぃぃぃ~グスングスン……どうすればいいの、どうすれば~」
「……生きてるよ」
「ふへぇ?」
「そろそろお前の胸で窒息しそう……」
泣きじゃくる莉々に体重を乗せられながら、思いきり乗っかられているせいで俺の顔はもうすぐプレスされる寸前だった。
「ばっ……ば~か、ば~か!!」
などと言いながら、莉々はなぜか自分の胸を隠して顔を真っ赤にしている。
「大丈夫だ。興奮するようなのは別に何も感じなかった……いや、変な意味で言ったつもりはないからな?」
「知らない!!」
俺も知らないからこれ以上言えないな。
それはともかく、
「そろそろ出てきてもらおうか! なぜ俺たちを狙い、傷つけたのか!」
「えっ? 逸器、誰かいるの……? え、どこ?」
莉々は目に見える範囲だけを見回しているが、奴らはそんな狭い範囲だけにいるわけじゃなさそうだ。
「どうなんだ!! 出てくるのかこないのか。こないなら、一戦……いや、この辺りを消し飛ばすことも可能だぞ!」
「や、逸器じゃ無理じゃん?」
「うるせー」
「むか~」
俺はハッタリを言ったわけでもなく、全魔装を装着すれば範囲外まで及ぼせるくらいの破壊力は備えている。
多少大げさに言ったが、どうやら動きがあるようだ。
「お前たちは本物か?」
……ん?
その言葉に思わず莉々と二人して顔を見合わせた。そしてお互い吹き出しそうになった。
「本物っていうのはどういう意味だ?」
目に見える範囲内に潜んでいるのは分かっているが、建物の陰に隠れているせいか相手の気配が読みづらい。
俺が感じた精霊っぽい気配と全然そうじゃない気配が同じ場所にいるような、そんな気がしている。
「……こういうまどろっこしいのは好きじゃない。堂々と出てやるよ!」
「逸器、なにバカな真似をしてるの……いくらおバカさんだからってそんなの」
「いいから、莉々は何もするなよ?」
このまま無反応状態が続いたところで意味がない。この俺自ら狙っている奴らの前に出て、自分アピールをすることにする。
莉々を隠すつもりはないが、莉々を後ろに下がらせた俺は奴らが俺に注目するように仁王立ちで出てやった。
「い、逸器……ぽたぽたぽたって、血ちちち……」
「大したことないからそこにいろ」
思ったより深い傷だったが、問題はない。あとは連中がどう出るか。
「血だ……怪我をしているぞ。ということは――旧世代の人間なのか?」
「子供に怪我を負わせてしまったのか……なんてことだ」
「後ろの少女はどうなんだ?」
……などなど、旧世代とか失礼な言葉が聞こえてくる。
異世界帰りではあるが紛れもない十代なのに。
「すまない。かすり傷とはいえ、怪我をさせるつもりはなかった」
「あんたも本物か?」
意地悪で訊いてみたが、二十代くらいの若い男は静かに頷いた。申し訳なさそうにしている男の他、隠れていた人間たちがぞろぞろと建物から出てくる。
老若男女、いやほとんどは若い男性ばかりで女性は少ない。
こうして見ていても俺が感じた精霊気配は感じられず、ほとんどの者が単なる人間のような感じを受ける。そうかといって、俺や莉々のような異能持ちでもなさそうだ。
そうなるとこいつらは一体?
「こんな怪我なんて怪我に入らない。俺にとっては日常茶飯事だ」
「そ、そうか。後ろに隠れている女の子も同じ本物の人間か?」
「ああ。同じだ。それとも、そいつが化け物に見えるか?」
男の莉々を見る目からは、魔法によるサーチ能力といった異能は感じられない。ただ単純にジッと見ているだけだが……なぜか不快な気分だ。
ずっと見られている莉々はというと、何でか照れまくっていて恥ずかしそうにしている。そんな場合じゃないのに変なところで度胸がある奴だな。
「……いいや、どうやら新世代の少女のようだ。異能があるのだろう? その子も」
「――! 異能が使える奴が新世代って意味か?」
「そうだな、そう思ってもらって構わない」
「じゃあ異能が使えず落第扱いされた俺は旧世代側か?」
「ふ、どうだかだな……お前は長い間別のところで生きてきたように見える」
なかなか鋭いな。異世界帰りを見抜くとは。
「名前は?」
そういや、名乗るのを忘れていたな。目の前のこいつらが安心出来るかどうかはまだ不透明だが、話を聞く姿勢はありそうだし名乗っておくか。
「俺は闘京学園の落第生かつ、無敗の
「…………後ろの少女は?」
笑いもせずに冷静な奴め。俺よりも興味があるのは莉々の方かよ。
「莉々。前に出て自己紹介だ」
俺にはこれ以上危害は加えなさそうだが、莉々に対してはまだ何とも言えない。せめて俺だけでも油断しないようにしなければ。
「わ、わたしは隣に立っている男の子の友達の、
……人前に出るのが本当に苦手なのか?
両手ピースで自己アピールが半端ないじゃないかよ。
「……なるほど。やはり新世代の子供か」
さっきから新世代だの旧世代だの、俺だけ腹が立つのは気のせいだろうか?
それに、俺たちだけ身分を明かしてこいつらだけ言わないのは納得出来ない。
「……で、そろそろ明かしたらどうだ? 見えている古代都市のこともな!」
「え、どういうこと? こんなおっきい街が奥まで見えているのに、ニセモノだっていうの?」
「すぐに分かる」
「ふ~ん?」
この大深部にたどり着いてすぐに目を奪われたのは灰色の空だった。しかし、そこから視線を動かした後、眼前に広がって見えたのは古代都市の光景だ。
だが、どうにも違和感ばかりで何かがおかしいと思っていた。
おそらく目の前に見えている光景は――
「――やはり、お前には見えているか。それならば誤魔化す意味はないな。いいだろう、種明かしといこうか」
そう言うと男は小型のリモコンを手にして、ボタン操作を始める。
その直後――古代都市に見えていたビル群が一瞬で消え失せ、二十数人以上の人間だけがその場に残された。古代都市だった場所には、初めから何もなかったかのように投影機だけが残されている。
「全てニセモノか!」
「いいや、そうではない。お前たちに見せていたのは、本物の古代都市の画像だった。それは間違いない」
「この奥に本物があって、そこにはもっと多くの人間たちがいるっていうのか?」
そうなるとなぜ大深部にいて俺たちに警戒をしているのか、話が全然違ってくる。
「違う。ここにいるのは大人の俺たちだけだ。これ以上はいない」
大人の?
つまり、子供はいないって意味か。
「逸器とやら。お前はレジスタンス……この言葉を知っているか?」
「権力に抵抗する者……か?」
「そうだ。そして俺たち人間が抵抗している相手は、地上を支配しているAIどもだ!」
「なっ!?」
だから俺たちをおびき寄せて試したっていうのか?
「俺たちは旧世代の人間……AIが作り出した都市と人工知能によって大深部に追われた、力を持たない人間だ!」
AIと人間は共存出来ていたわけじゃなかったというのか。
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