透明な距離

@kasumion

第1話

# 透明な距離


窓辺に置かれた青い花瓶。

そこに挿した白い花が、風で揺れている。


私の部屋には、彼が残していったものが少しだけある。

花瓶と、本と、言葉と。


「またね、大好き」と彼はそう言って笑った。

海の向こうへ旅立つ日、空港で手を振る彼の姿を見送った。

雲がかかった空のように、少し霞んだ視界の中で。


私は約束をしなかった。待つとも言わなかった。


季節は巡り、窓の外の景色は変わっていく。

私は日々を丁寧に生きている。

時々、ふと思い出す彼の声。


白い花びらが一枚、静かに落ちた。

私は花瓶の水を替える。

新しい水の中で、花はまた数日、美しく咲き続けるだろう。


「またね」は続いている言葉。

「大好き」は変わらない気持ち。

私はお守りのようにその言葉を胸に抱いている。


いつか、またあの笑顔に会える日まで。

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