第9話 ラメのマニキュア

 ゆかこは黙って見ていた。彼の手の動きは素早く、確かだった。まるで何度も繰り返してきた作業のように。


「俺、昔ここによく来てたんだ。ここには宝物がたくさんあるから、いい遊び場でさ」


「宝物?」


 ゆかこは思わず周りを見回した。錆びた金属の山、壊れた機械。どこにも宝物らしきものは見当たらない。


「ほら、できた」


 岸部くんが手を広げると、そこには小さなオブジェが。錆びた歯車と針金を組み合わせて、鳥のような形を作っていた。


 翼を広げた鳥。


 その翼の部分に、割れた鏡の破片が付けられていて、夕日の光を反射して赤く輝いていた。


「すごい……」


 思わず声が漏れた。たしかに“宝物”だった。


「これ、持ってていいよ」


 岸部くんは、そのオブジェをゆかこに差し出した。


「えっ、いいの?」

「うん。また作れるし。いらなかったら捨てて」


 ゆかこは首をぶんぶんと横に振った。

 そして、恐る恐るそれを受け取ってみると、軽かった。でも、その存在感はゴールドのようにずっしりと重かった。


「ねえ、なんで作ったの? 岸辺くんはアーティストなの?」


 岸部くんは少し考えるように夕日を見つめた。その横顔が、オレンジ色の光に照らされて、まるで絵画のように見えた。


「捨てられたものにも、光を当てる角度次第で価値があると思うんだ」


 彼はそう言って、また別の金属片を拾い上げた。


「見て。この錆びた金属、普通に見たらただのゴミだよね。でも」


 彼はそれを持ち上げ、夕日に向けた。すると、錆びた表面が燃えるように輝いた。


「角度を変えると、ほら。こんなに美しい。世の中のものは、見方次第で全然違って見える」


 ゆかこは黙ってうなずいた。

 ばーばの言葉を思い出していた。「人生は光を見つける旅」。もしかしたら、これも光の一つなのかもしれない。


 夕日はどんどん沈んでいき、廃材置き場は徐々に赤から紫へと色を変えていった。でも、ゆかこの手の中のオブジェは、まだ光を放っていた。


「また来る?」岸部くんが聞いた。


「うん、来る」


 迷わず答えた。この場所で、ゆかこは何か大切なものを見つけた気がした。捨てられたものの中にある美しさ。そして、それを見つける目を持った岸部くんという存在。


 そのあとは、目的もなく「寒いね」、「うん」、などと喋りながらぶらぶら歩き、小さな公園についた。ゆかこはその間も、手の中のオブジェを大事にぎゅっと握りしめていた。


 その公園には、すべり台、鉄棒、ブランコ、砂場、そして木製のベンチがあったので、並んで座った。教習所内と、コーヒー屋さん以外の場所で、さっきの場所に次いで二人でいる初めての場所がまたできたと思うと、出会って最初の緊張をまた思い出した。


 ゆかこも、岸部くんも、喋り出さないので、ちらりと岸部くんの顔を見ると、少し表情が曇っていた。


「おうちが心配?」

 と、ゆかこがたずねると、

「いや、家はいいよ」

「そう……」


「帰らない連絡は父親にしたし、ご飯なら作り置きのもあるし、レトルト温めるくらいなら、あいつらでもできるから」


 と岸部くんは言った。どこか自分に言い聞かせているような雰囲気もあった。


「じゃあ、何か別の考えごとしてる?」

「いや……。あのさ、これから春が来るじゃん?」

「うん」

「そしたらこの先、ずっと働くんだなって」

「あ、そうか……」


 春から働く岸辺くんと、無職のゆかこ。こうして学生同士で並んでいられるのは、もうこれでおしまいなのだ。


「俺さ、言い方は変かもしれないけど、これでも軽く絶望を受け入れようと頑張ってるとこなんすよ」


 岸部くんの口から、絶望なんて言葉が出るなんて。びっくりして、悲しくなった。


 なんて返したらいいのか、わからなくて、だって「絶望ではないと思うよ」なんて無責任に言ったところで、楽しさや、嬉しさや、苦しみ、つらさを感じるのは、岸部くん以外には、どうにもできないのだから。


 どうしたら、いいのだろう。とりあえず、何か、喋らなければ。


「あっ、ねえ。これにラメが入っていたら、可愛いよね」

 ゆかこ、思わず、ベンチの前方にある、ブランコを囲む柵を人差し指でさして言った。


「この柵?」


 岸部くんは、ぼーっとした顔つきで、柵を見ている。


「そう。なんで入れなかったんだろう。ゆかこが建築家か、ゼネコン関係者だったら、絶対に設計の段階で、ラメを入れるのは譲れないポイントにするのに」


「……いいね」

「えっ。のってくれるとは……」

「あはは。自分で言ったくせに。だってきっと、可愛いよ。ラメ入りの柵」

「だよね、ゆかこもそう思う」


 岸部くんの表情がぱっと明るくなって、そこからさっきの暗さを感じないのは、気のせいじゃない気がした。


「岸部くん。あのね、ゆかこ、いいもの持ってる」

「いいもの?」

「うん」


 そう言ってゆかこは、肩にかけていたフリルのついた、大きくずっしりとしとトートバッグを下ろす。

「重そう」


 中を見せる。教習所の教科書と筆箱。それと、そこにはたっくさんのマニキュアの入っている。


「本当にこれ、ラメ塗っちゃお」


 免許を手に入れて、車を買って……と、まだまだ使うのは先だと思っていたけれど、ついさっき買ったばかりのヴェルニたちを取り出して、見せた。


 岸部くんは驚いた顔をして「まじかよ」と言いつつも、かなり嬉しそうだった。



 ゆかこたちは、柵をラメのマニキュアでキラキラにすることにした。

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