第4話 乗りたい車は?

「そうだったんですか」


 悪口を言われた。ああやっぱり、来なければ良かったかもしれない、と目線をそらした。


「そんなこわがんないでよ。俺、どういうイメージなの?」

「えーと……」

「こー見えて俺、下に妹と弟五人いるお兄ちゃんなの。面倒見よさそうでしょ?」

「えと……ごめんなさい」


 ゆかこは頭を下げた。


「はは、そうか。で、ゆかこちゃんのこと聞いて、なんか大丈夫かなーって気になっちゃって」


 おしぼりで適当に手を拭き拭き、少し笑いながら話す岸部くんは、そう言われてみれば確かに世話好きなお兄ちゃんにも見えなくない、気がする。


「聞くところによると、すごいらしいじゃん? ゆかこちゃん」

「な、なにが?」

「技能?」

「すごくないですよ! だって、ずっとS字で乗り上げちゃうんだもん」

「ほら、すごいじゃん。そんなやつ、なかなかいねーって」


 すごく恥ずかしかった。だって、事実なのだった。さっきの教習でも、「大丈夫。必ず運転できるようになるからね、今日はよろしく」と優しく挨拶をしてくれた教官が、終いには「悪いんだけど君、ふざけてないよね」と聞いてきたので、申し訳ない気持ちになったばかりだった。それを話すと岸部くんは、ウケる、と笑った。


 そこで、お待たせしました、と二つのカップが運ばれてきた。


「ゆかこ、運転向いてないのかなあ」

「うーん。じゃあさ、免許とったら、どんなのに乗りたい?」

「え? 家にあるパパの車を運転するよ」


 きょとんとして答えるゆかこ。それまで、自分の乗りたい車のことなんて、考えたこともなかった。


 岸部くんはコーヒーを一口飲んで、


「自分の車は欲しくないの?」


 と、言った。ゆかこもそれを見てハニーミルクティーに口をつける。


「だって別に、車ってゴツいし、可愛くないし……。敢えてゆかこ、自分のが欲しいとは思わない」

「それじゃない? ゆかこちゃんが運転うまくならないの」

「え?」


 ゆかこ、初めて岸辺くんの目を見た。


「車のこと嫌ってるから、S字の神様がゆるしてくれないんだよ」

「S字の神様……」

「あのね、車にも可愛いやつ、いっぱいあるんだよ。たぶんゆかこちゃんが知らないだけ」


 言われてみれば、ゆかこ、そのとおりで、車に魅力を感じていないから、うまく運転出来ないのではないかと思えてきた。だって、これまでの人生でゆかこが周りに褒められたことと言えば……あれ、何がある? あ!


「ヘアアレンジだ」

「え?」

「ゆかこね、ネットで可愛いと思ったアレンジを探すのが好きで、それを自分で出来ると嬉しくて色々試すの」

「へえ、だから今日の三つ編みも可愛いんだね」

「えっ……」


 可愛い、と言われるとはまさか思っていなくて、思わず黙ってしまう。それに、これは三つ編みではなくて編み込みだ。


「手先が器用なんだね」

「ううん。色々見て、試してみるとね、案外、簡単でも可愛く仕上がるものが多くあるの」

「ふうん」

「だから、確かに得意なことは、好きなことで、もっと知ろうって主体的になるものだなって……」

「でしょ?」

「うん、そうだった」


 右手でカップを持つ。熱い。もう一口飲む。美味しい。


「ゆかこちゃん、ミニクーパ―似合いそうだなあ」

「ミ、ミニクーパ―?」

「うん、可愛いんだよ。形がコロンとしてて、でも品があって。俺は好きだけど乗るには女の子か、おしゃれなおっさんかだなー。つまり、俺は似合わないから、うらやましいよ」


 ははは、と岸部くんは笑った。


「ほら、これ」


 岸部くんは、スマートホンを慣れた手つきでスイスイと操作して、画面上にミニクーパーの画像をたんまり表示した。


「可愛いだろ?」

「あ、ほんとです。なかなか」


 すごく可愛かった。形は。

 ただ、色が無骨。


 こんなに黒の乗り物につつまれたら、たとえ行きついた先がお花畑だったとしても、車から降りたときゆかこも真っ黒になっちゃっていそうだ。



「岸部くんは、どんなのに乗りたいの?」

「俺? あっ、今通った、紫のあれ」


 あわてて窓の外に目線を向けると、やけに大きな図体をした車が走り去ったところだった。岸部くんらしい、と思った。


「の、赤」

「赤?」

「そう。俺さぁ、赤が好きなの。妹がこれ編んでくれてさ」


 そうして腕を見てみると、岸辺くんは赤いミサンガをしていた。


「確かに、赤、似合うかも」

「でしょ? 熱血でバカなキャラは大体イメージカラー赤だから」

「ええ、そんなバカなんて……」

「はは。よく言われるし。ほんとだからいーのに」

「……あ、でも、さっきの車の色も綺麗だったな。ラベンダー色なんてあるんだ」

「ん? いや、あれはカスタムだよ」

「え?」

「流石に正規ではあんなカラー出してないよ」


 カ、カスタムぅ? ゆかこは驚いて、目の前にはてながぽんぽんぽんぽんと浮かんだ。


「えっ、じゃあさ。さっきのミニクーパーをね、ピンク色にカスタムとかって、できるの?」

「もちろん。塗ればいいんだよ」

「はぁ! そんなことしていいんだ!」


 目をまんまるにして、思いきり驚いたゆかこに、岸部くんが

「今の顔!」

 と顔をくしゃくしゃにして笑う。


「すごい、ゆかこちゃん、年上なのに可愛い」

「へ?」

 

 聞くと、岸部くんは現在高校三年生で、春からガソリンスタンドに就職するとのことだった。小さい頃から車が好きで、もし就職しなかったら、車の整備士になる専門学校に行きたかった、と言う。


 きっと普段なら「年上に向かって、失礼ね!」と思うところなのだが、もはや、そんなことはどうでもよかった。


 こんな見た目をしているのに案外真面目なこと、実は面倒見のいいお兄ちゃんだったこと、あと岸部くんもクラブに入り浸るのではなく、カフェに入る人なのだということ、さらには岸部くんが、こんなにでかくて堂々としているのに四つも年下だと知った衝撃とで、数々の意外性のパンチを、一気にくらった感じがして、くらくらしたからだ。


「機械って、すごいよなあ」

「え? 機械? うん、すごい」


 まだしゃっきりしない頭を抱えたまま、岸部くんが何か言ったので、あわてて返す。


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