第5話 いい気持ちになれるマシン

「車って、機械だろ」

「車って、機械?」

「車は、機械だよ。ゆかこちゃんのしているその腕時計も、機械だし」


 ゆかこは腕につけている白のBONBON ウォッチの腕時計を見る。


「デジタル時計じゃ、ないんだけど……」

「うん。でも仕組みがね、機械だよ。言っちゃえば、このコーヒーも淹れるときの仕組みは、機械」

「ええ?」


 ゆかこ、機械と言ったらパソコンだとか、テレビだとかは、うなずけるけれど、車は車、電車やバスの仲間、という認識しかなかった。


「あ、じゃあマシンは、機械だよね?」

「何の?」

「いい気持ちになれるマシン……」

「なにそれ!」

「そのマシンを使うと、楽になれるの」

「マッサージチェアとかってこと?」

「ううん、全然ちがって……」


 頭がいっぱいいっぱいになったのでこの日はここで解散になって、ゆかこは岸部くんとのやりとりで、年上なのにS字ができないことよりも前に、知識がないことを恥ずかしく思い、機械についての勉強を始めることにした。


 そうなのだ。ゆかこ、幼稚園生の頃から、いつでも理想の夢を見られるマシンをつくりたいと思っていた。幼稚園や学校に、行けない度に妄想した。


 あまりにも理不尽で、生きづらいこの世に、失望していたからだ。同じ人間なのに、ある人は優遇され、ある人はいじめられる。物心ついたときから、そういうのはあった。


 同じクラスの子のなかでもあるし、先生からも保護者からも、明らかだった。小学校でも、ピアノの習い事先でも。どうしてかいつも浮きがちなゆかこは、笑われることも多かった。


 けれど、深刻ないじめを受けたことはなかった。ただ、ゆかこのまわりで起きている差別に、ゆかこはちっとも納得できなかったし、どこへ行ってもあるその社会のあり方が、嫌で仕方がなかったのだ。


 だからつらくなったら、そのマシンに乗り込む。どんなにつらいと感じていても、そのマシンに乗った途端、脳には強制的に理想の景色が広がる。


 悪口を言ったりいじわるをしたりする人は存在せず、パパとママと、大切な人だけが存在する世界が、ある。そこにはゆかこの好きなお花ラナンキュラスと八重咲きのインパチエンスが一年中咲いているし、空には大きな虹がかかっている。


 絶えず、気分が高揚する。そんなふうに、各々が理想とする素敵な世界に、人々を連れていけるマシンをつくれたらいいのに、と考えていた。


 そのことを思い出したゆかこは、かつて抱いていた夢に向き合い、それができるのか、考え直してみた。しかし、ゆかこには検討もつかなかった。文学部仏文科に進んでしまったゆかこには、なおさら。けれどそれを今、パパのために、つくりたいと思った。



 ゆかこはパパ似だった。小さい頃から、寒いとお腹に蕁麻疹が出る体質も、食べ物の好みも、顔もちょっと似ていた。運動神経がそれなりに良かったのも、パパ似だったからだ。


 そのおかげで小学校の頃、意外なことにゆかこは毎年リレーの選手に選ばれていた。その日も、前の人を追い抜き、また追い抜き、一位になった。そうしてゴール。お昼の休憩になって、パパのところへ駆けて行った。


「ゆかこちゃん、やっぱり走り方が違うわねぇ」


 そう言ったのは、隣にシートを敷いてお弁当を食べていた、同じクラスのまりちゃんとこのおばさんだった。


 甘い黄色いたまごやきをプラスチックのフォークで刺して、口に入れる。パパは、何も言ってこない。ママの作ったお弁当はとても美味しくて、優しかった。


 卵焼き、唐揚げ、おにぎりは鮭とおかかとシーチキンの味があった。まりちゃんと一つ交換したら、まりちゃんのうちはいくらだった。ママが、恥ずかしそうに、すみませんと言っていて、なにも謝らなくてもいいのに、と思った。


 もう休憩が終わって、でもゆかこが次に出る競技までは少し時間があったから、そのままママとパパと一緒にいたらようやくパパが口を開いて、

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