再会の余韻

@kasumion

第1話

# 再会の余韻


「五年ぶりだね…」


言葉に出して初めて、その時間の重みを実感した。離婚後、彼の消息を追うことはなかった。それが私なりのプライドだった。


昨夜、美術展の会場で彼と目が合った時、心臓が止まるかと思った。そこにいたのは、少し白髪が混じり、目尻に刻まれた皺が増えた彼。でも、優しい笑顔は昔のままだった。


「一杯どう?」と誘われ、断る理由が見つからなかった。


ホテルのバーで交わした会話は、想像以上に自然だった。離婚の理由だった「価値観の違い」は、時間が解決していた。互いに傷つけ合った過去を認め、笑い合える関係に変わっていた。


「あのとき言えなかったことがある」


ワインが進み、彼の声が低くなる。


「君を傷つけたことを、本当に後悔している」

「ごめん…」


その言葉を、私はどれほど待っていただろう。でも、今は何も変わらない。私たちはそれぞれの人生を歩んでいる。


別れ際、エレベーターのドアが閉まりかける瞬間、彼はあの頃の笑顔のままで言った。


「大好きだよ」


それは結婚していた七年間、毎朝必ず「いってきます」のあとに言ってくれた言葉。私たちだけの儀式のような言葉。


ドアが閉まり、私はこらえきれずに、うずくまって泣いていた。


再会は、終わりではなく始まりだったのかもしれない。


明日、私は彼にLINEを送るだろう。五年前とは違う大人になった私たちの、新しい物語の一行目を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

再会の余韻 @kasumion

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る